キッチン

文 / 三船ゆい

(序)
 -始まりの朝‐
台所に立って使い込んだやかんで湯を沸かす。bump of chickenの歌が頭の中でくるくる繰り返している。
 ♪ここだよって教わったなまえ・・・
目はぐらぐらと音を立てるやかんの口から上る湯気を見ているようでいてどこか遠く、過去の記憶を追っていた。
  (一)
足を一歩踏み込むと、温度が一度だけ上昇したような気がした。
(顔を上げてと私に語りかける)
顔を上げた。
(おかえり)
(誰も待ってやしないけど)
何だか待っていてくれた人が迎えてくれたみたいだ。
誰もいない キッチン
温かい気持ちが導くままに
歩き回れるほど広すぎる キッチン
ご飯を炊くお釜に近寄り触れながら、小さく挨拶をした。
「ただいま。」
上京している間も、年に何度も帰っているから、久しぶりという訳じゃないのに、この日は十数年も帰っていないところへ戻ってきたような、そんな空気に満たされていた。
ボッ、シューーーッ。
給湯器が再び熱を保とうとする音。カタカタ コトコト。にわかに、懐かしい匂いがする活気を呼び起こし全体に広がった。流しを覗き込むと、そこに置かれた数枚の食器が待っている。蛍光灯の明かりに照らされて、私が手を伸ばすのを待っている。
「お疲れ様、きれいになろう。」
ステンレスを叩き付ける水の音が心臓に響いて、頭の中は空っぽに。
(それで手が無駄なく動くんだな)
根拠も定かでない数式が頭の中を走る。
なんでなんだろう
とても居心地がいい

つづく

三船ゆい Yui MIFUNE 1972年生まれ
長野県山ノ内町在住 主婦