まつしろ現代美術フェスティバルに思う

photo by Hitoshi Kimura

写真・文 / 木村仁

もうすでにご承知の方も多いと思うが、当フェスティバルは2002年に開催された日韓ワールドカップを機に、私が企画して行った、信州大学教育学部の公開講座がその起源となっている。初回と2回は大学名を使った現代美術ワークショップとして行ったが、2004年にエコール・ド・まつしろ倶楽部が発足したのを機に、ISHIKAWA地域文化企画室の石川利江さんのご協力もあって「まつしろ現代美術フェスティバル」と名称を変え、開催場所も松代町に移動し現在に至っている。

松代大本営をテーマとしたのは、ご承知のように戦争末期、多くの朝鮮半島の人々の犠牲の上に成り立った松代大本営という第一級の戦争遺跡を近くに持つ私たちが、なにがしかの発信をしてゆく事が、戦後の世界を生きる我々に課せられた使命のように感じられたからだ。また、せっかく開催された日韓共催ワールドカップを、単なる上面だけの短絡的なものとして終わらせたくなかったと言う気持ちもあった。
もっとも当初はそれほど長く行うつもりはさらさらなく、初回でおしまいという軽いのりであったのが、韓国のホン・オボン氏をはじめ周囲の声に押されるようにだらだらと継続し、いつの間にか今年は第11回という長寿番付(?)となった。

当初は私が発案した現代美術のワークショップ「羽根プロジェクト」を行う事が中心だった。「羽根プロジェクトのワークショップ」とは、あらかじめ用意しておいた折り鶴の片方の羽根の形に、参加者に平和の願いをかけた絵を施してもらい、それぞれが羽根を持って象山地下壕に入り任意の場所に仮設置し、周辺の地下壕の風景を取り入れながら写真を撮り、後日展示会場に元の作品と共に飾るというものだ。片方の羽根をもちいたのは、日常を離れた非日常の世界を表現する事と、戦争末期、広島に落とされた原爆によって若くして病に倒れ、千羽の折り鶴を折りながらも願いむなしくはかなく消えた、佐々木貞子のレクイエムも兼ねている。また、貞子の千羽鶴パフォーマンスを機に平和のシンボルとなった折り鶴の形を借りつつ、国家権力によってはかなくも消えていった多くの人々の命の叫びを表現したかったという理由にもよる。こうした私の主旨に賛同して参加してくれた作家の中には、同様な主旨で直接的に表現した作品も垣間見られた。

2年前の2010年に開催した第9回まつしろ現代美術フェスティバルでのこと。史跡松代藩文武学校にて作品展示を行った柳健司の作品は、その直前まで遊んでいたであろう三輪車をガラスの素材で表現し、かたわらに原爆によって一瞬のうちに陽炎となって消えた、幼子の陰影をおぼろげに浮かび上がらせた肖像画を立てかけ並列したもので、室内にわずかに届く自然の明かりを利用した効果もあいまって、深い悲しみと大きな怒りを誘う傑作となり、今なお私の心に強い印象を残している作品であった。なお柳による前年度の作品は大八車が広い槍術所に1台置かれたもので、舞鶴山地下壕建設に伴い、周辺の住民に移転を強要した軍部に対する人々の遺恨を表すかのように、畳を数枚重ねた荷台の上には、右手のげんこつが怒りを押し殺すように振り下ろされた形を保ってぽつねんと残されているもので、これも人々に力強く訴えかける力作であった。

現代美術は難解で分からないと多くの人々は口をそろえる。しかしながら社会の理不尽さを鋭く感じ取り、弱者の心をくみ取りつつ、それらを世界にむかって力強く発信して行く姿は現代美術の一つの表現であり、醍醐味でもあるのだ。

木村仁 Hitoshi Kimura 1948~ 福岡生まれ
美術家 信州大学教授
Hitoshi Kimura Works on Web Site
まつしろ現代美術フェスティバル主催 http://mcaf.jp
アーティストレジデンス善光寺界隈主催 http://air-zenkouji.com