磐床躓睡

Under the sky of the mountain / fear of the unsophisticated shape 2017 / 082117 Digital Photograph

文・写真 / 町田哲也

 二十五万年前から五万年の間緩慢に繰り返された複式火山であるから外輪と内側があり、西と東を両手で囲む格好で窪んでいるが、他の鮮明顕著なカルデラに比べればおそらく永きに渡る乱発噴出の時間が挟まれたかして都度の崩壊も加わりほんのりとしたものだ。二千メートルにやや足りない標高の頂が転々と登山道を結び、気象に恵まれれば眺望は八方に伸びるのでその景を求め登山する者は多くはないが絶えることはない。西側の噴火より随分前にマグマの貫入を受けて隆起した変成岩盤の壁が、人史のあけぼのより地勢的な威容もあって人気(ひとけ)を呼び寄せた。けれども東へのぼってから分かるこの窪みに現在は、山林を管理する者や狩猟程度の男たちが時折通り過ぎるだけで道もなく、外輪の南や東の斜面には在る間伐の手も、この窪みに至っていない。縁は南から北へ柔らかく伸びる稜線を形成して、眺め仰ぐ位置と距離によってはその山稜景は随分印象が異なる。東から眺めては横臥の姿態と重ねることがある。幾度も加算された複式のせいだろうおそらく地下には繰り返しつきぬけたマグマの錯綜痕があって他の類似態と同様、降り注がれたものを吸って溜め込み、リモナイト層で浄化されスカートの裾へと湧き出す。類型山が北に向かって三つ並んでおり、標高差千メートルの隆起の外東側に湖と池が点在する。

 仮設の下の地の凹凸に軀を横たえて寝たとして充分な睡りを得る事はむつかしいと考えたのは、水平面に幾度も寝返りを打って枕に鼻を埋めることに慣れた頭のほうであり、実際は一度寝入ってしまえば家の床よりも地の形状に固着したかの静止態で深い睡りにどっぷり潰れていた。寝覚めの脇腹に食い込むより馴染んだかの草枝と土の湿りは、多分緩い空間での重力軸がずれたいかにも転がりそうな転がっているかの落下の感で、臓物やら脳への血流もさらに曲がりくねって、なにやら亜種の物語を軀自体が細々と組み立てるようであったし、枕の失せた一度折れたかに曲がっていた筈の頚の傾きが、もともとの獣の形を遠い記憶から何か情動めいたものを連れて駆り立てるようでもあった。眠りの中にいても鼓膜はすっきり開いて薄く張りつめ風の向こうの何かを絶えず受けとめていたに違いなかったが、それを覚えているわけではなかった。音響ばかりでなく代謝疲弊や刻まれた精神の疼きなどすっきり全て亡失した空虚が広がり、血の巡りもしんみり地に垂れ流れ染み込んでしまったようだった。指爪には剥残した岩肌の苔が食い込み。縋り付いたような岩の内側はこちらの人肌より温かかった。上に乗って伏したつもりが一度脇へ滑り落ちて横にその岩の突き出た形を抱き寄せては、眠ったままの瞼で焚火の残り火を眺めたような気もする。谷や森で幾度か繰り返したけれども、むしろこの身体の形はそうした岩のじねんの乱雑に柔軟に貼付けてこそ、形態相互の照応というものが生まれ、短いが深い休息の眠りに落ちるということだろうか。さすがに渓流脇のいかにも輪郭が微動している岩に囲まれた反静止状況ではこちらの身体も解体振動が消えないので、流れから離れのぼった場所を探すような傾向へと任せたのだった。遠い過去に想像をはるかに越える運動でどすんと噴出落下した巨大噴石だろうか融けながら流された形骸なのか人の手では到底動かせない巨石があり、里に近いものは過去より祭られている。低位置氷河説を唱えた者が巨石の由来を火山噴出以前氷河に依ると考えたが、現在では一世代前の火山体大崩壊時に運ばれた輝石安山岩である推定に落ちついている。蔦や苔に覆われ全体のほとんどを地へ埋めたままの岩の上面を払い握り飯を喰った際にはあたりの残された原生ばかりを漫然と眺めるばかりだったが、この場を印し旺盛な季節の終えた時、この岩にどうにか身を寄せた睡りをと再び歩き寄っていた。

 七割から八割は地に沈んだままの岩の脇に埋もれていた板きれを掴んでいた。よくみればおそろしく古びているが渋墨が施されている。辺りには庵のようなものが在って然るべき場所ではないカルデラの中だが、この千年は歯を食いしばった形相の男たちが迷走している。燻っていた火に放り投げ入れてから背を岩に寄せた人のかたちを浮かべ、奴らもまた同じように、草に身を横たえてからずるずるとこの岩に縋りつくような眠りの穴へぽつねんと独りで落ちたに違いないと、根拠もないまま浮かべる。安定の屈託を混ぜる日々ではない都度目の前の折衝に明け暮れる運動の時の中では、柿渋よりも黒々と練り潰したようなどうしようもない泥炭に似た睡りを、地に垂らせばとりつくものがなくなり起き上がることのできない怖れから岩へと吸い寄せられたか。庵をこしらえた者もいたかもしれない。黒々とした豊穣な土壌をも降らせた爆発痕の中、やがて思念は岩に融けていく。立ち上がって歩み始めると、柔んだ骨が軋んで堅く引き締まり踵から背まで弓のように漲って、罠場まで普段より速度を上げる。

町田哲也 Tetsuya Machida 1958年長野市生まれ
藝術と思想
ブランチング企画責任 クマサ計画主催
iam@machidatetsuya.com
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