「ねぇ。子供たち、トナカイの林檎一つしか食べてなかったって、残念がってたよ。」
思い出したようにこっそりと嫁が言うもんだから、
私も思わず大笑いしてしまった。
そう言えば、確かに林檎が三切れ置いてあった。
そうか。
トナカイは1頭じゃないんだろうな、あの子達には。
押しつぶされそうなくらい無邪気で壮大な子供たちのイメージを思い見るだけで、
ほっこりと満ち足りた気分になる。
クリスマスイブの夜、
テーブルの上には温かいココア1杯と3切れの林檎。
寒い夜にお空を駆け回るサンタさんにココア、トナカイ達には林檎を、
たった1晩で世界中の子供たちにプレゼントを配るのだから大変だろうと
我が子たちが考えたおもてなしだ。
それに付き合う嫁も、楽しくて仕方ないだろう。
我が家にも毎年、
プレゼントを届けにサンタクロースがやって来る。
サンタも大変だ。
クリスマスのひと月ほど前から
子供たちが欲しい物を何気なくリサーチして、
喜んでくれる年相応のプレゼントを、彼女らの心に確定するまで相談に乗る。
あまり早く決定しても駄目。
気移りして、事前に用意した物が台無しになる。
勝負はクリスマス・イブ前の一週間だ。
欲しい物を心に決めたら彼女達は、希望のプレゼントを手紙でサンタさんに伝えるから、
指定された色まで間違いのないよう遅れずに揃えなければならない。
失敗の許されない一大イベントだ。
でも、長女が大きくなるにつれて、
「今年で終わりかな・・」などと
ふと、寂しさを覚える。
「パパ、サンタさんが来ない家もあるよ」
子供たちとの風呂場でおもむろに長女は、
学校で友達に聞いた事を話してきた。
湯船に浸かりながら、
“本当のところ、どうなのよ?”といった面持ちで私をじっと見つめてくる。
「えっ!?」
まだ幼稚園の次女と長男も、
これは大ごととばかりに
遊んでいたオモチャの手を止め、私の次の言葉に注目する。
仕方なしと覚悟はするが、
それでもこう答えた。
「たくさんの子供にプレゼントをあげなきゃだから、お父さんとお母さんがプレゼントをくれる家には来ないのかもね」
「ふ〜ん。」
賛否両論あるだろうが、
幼少期の子供の非現実的でも平和な空想は、豊かな情緒を育てて強く生きる礎になると私は思う。
嘘偽りのない現実を忠実に教えるだけがすべてではないと思っている。
今年もまだ、サンタはいても良いみたいだ。
イブの夜。
ちょっと豪華な夕食とケーキを食べて、
あとはプレゼントを待つだけになった。
歯磨きを終えて寝る準備が整っても、
子供たちのワクワクして落ち着かない様子を見て、
ひと言伝えておく。
「良い子で寝てないとサンタさんは来ないかもしれないから、静かに寝るんだよ」
いつもは人の話も上の空の4歳の息子が、真剣な顔で頷いた。
我が家では夜9時に布団に入るのが日課だ。
嫁と子供たちはワイワイと寝室に入っていった。
ここからがサンタの時間。
いつものように
「お父さんはお仕事少しして寝るからね」と伝えて、
仕事部屋で普段通り仕事をこなしながら時機を待った。
11時を回り、そろそろどうかとそっと寝室を覗いてみると、
暗がりにまだ布団が、もぞっとうごめく。
「あれ。まだ起きてるの?」
「・・眠れないんだもん。」
長女は顔を布団で半分隠しながら
なんとも申し訳無さそうに言う。
「そっか。」と頭を撫でてあげる。
「サンタさんは恥ずかしがりだからね。目を瞑って、明日何して遊ぶか考えてごらん。」
これは長丁場になるとぞと、
ボロを出さないように気を引き締めた。
さらに1時間以上、夜のお昼を大きく回って、
さすがに寝ただろうとは思ったが
戸に耳を当てて慎重に音を伺う。
続いて引き戸の隙間から片目だけ放り込み凝視すると、
掛け布団の境界線がぼんやりと見え、
子供たちの確かな寝息がそれぞれに聞こえてきた。
今が決行の時とばかりに
隠してあったプレゼントを押し入れの奥から出してきて、
スパイ映画さながら
ベッドの横のテーブルまで抜き足差し足近づくと、
3人の手紙とココアに林檎。
暗闇の中、月明かりを頼りに
手紙に書かれている解読難な可愛らしい文字を確認して、
それぞれにプレゼントを置いた。
寝息を立てる子供たちの隣で、
もう冷えてしまったココアを一気に飲み干し、
林檎は聞いてなかったなと思いながら一切れだけ頬張って任務を終えた。
翌朝は、子供たちの歓喜の声が目覚まし代わりになる。
「パパ!サンタさんね、言った通りのプレゼントくれたよ!」
「良かったね」
あなた達が良い子だったからだよと付け加えながら、
ほっと胸を撫で下ろした。