何もない街でもお腹はすく

文 / 塚田辰樹

 何があるわけでもない街に、特別うまくはないが、ネパールカレーを振る舞う店がある。散歩がてら通りがかると、店内から外を眺める店主と突然目が合ったので、思わず怯んでしまった。突然というのも、くすんでいるせいで、店内が暗く見えてしまっているガラスの向こうを、どんな様子かと何気なく覗き込むと、浅黒い肌と光る両目が急に浮かび上がっていたからだ。
 インド人一家が経営するその店は、夕方になると客足は途絶え、24時まで開いているというのに、客は私一人だ。店内の机に頬杖をついて、テレビを見ながらスマホをいじる綺麗な女性は、娘か奥さんか。世間話らしき会話をしばしばしながら、店主は所在なさげに客を待っている。
 「暇」も言い換えれば、「余裕」である。おしぼりのビニールを破って渡してくれ、ビールも注いでいただいた。マトンカレーを頼むと、カレーのみが差し出され、面食らう。 「あ、すいませんナンもお願いします。」 インド的にはありなのかもしれないが、日本的にはカレーのみでは物足りない。追加の余計な手間をおかけしつつ、ついでにラッシーもいただく。テレビを見ながら時々吹き出す一家。客がいてもいなくても楽しいのだろうか。

 何があるわけでもない街に、特別うまくはないが、台湾料理を振る舞う店がある。お昼時には土方系の客が多く訪れる。売りは料理の安さと量である。メニューに有る「チャーハンセット」は680円であるが、一般的な一人前のチャーハン1つと、一人前のラーメン1つがセットで選べる。だが、それぞれを単体で頼むときも、680円なので、セットを頼んで二人で食べるという方法もありだろうか。わけがわからない。
 ある時、会社の人3人でチャーハンセットを頼んだ。2人はセットだが、先輩はチャーハンのみだった。机の上にはチャーハンが3つとラーメンが2つならんでいる。頼んでみたところで、やはり頼みすぎたのだと嘆くと、「よし少し手伝ってやる。」と先輩はこちらのチャーハンに手をつけた。
 20分後、先輩はお腹いっぱいだ、と自分のチャーハンを残した。こちらを手伝った分、自分の分が食べられなくなったのだ。結局食べた分量は一人分と変わらず。食べ残すのもいたたまれないので、私が先輩の分を食べた。夜にお腹はすかなかった。

 何があるわけでもない街に、特別うまくはないが……いやとてもうまい焼き菓子屋がある。スコーンがウリなようなので2つほど買ってみたが、甘さは控えめで、香ばしい香りが後を引く。その店は、桜並木の続く、穏やかな路地に面している。車は通らない、歩行者や自転車のみが通行する路地だ。気持ちの良い日曜日で、自転車で散策をしていると、偶然見つけたお店である。
 住宅の庭先を改装しただけのこじんまりとした店舗で、バルコニーへ上がった先で、窓を開けてスコーンを買う。ドライブスルーならぬウォークスルー?とでも言おうか。店内というか室内では、あくせくと働く女性が一人だけ、商品も、さほどの量はない。だが、かがんで商品ケースを眺めていると、何かとても良い発見をしたような、とてもよい買い物をしているような気がしてくるのだ。

 住宅街ばかりで、周りには遊ぶ場所も観光地もなく、駅まで徒歩で20分もかかる、味も素っ気もない街に引っ越したが、思い浮かぶのは、いつも食事についてだった。行きつけの居酒屋も見つかったのだから、とりあえず落ち着いたことになるのだろうか。

塚田辰樹 tatsuki tsukada
1986年生まれ 長野市出身 埼玉川口市在住
制作会社勤務(dtpオペレーター、dtpデザイナー)