「王様の耳はロバの耳」ー貴女の愛した人ー

文 / 三船ゆい

初めに混沌があった
あれは我なり あ わ れ な り
大きな母性の両腕に
純真無垢な男と女の魂が
ムンクの叫びのような形相で
それぞれの腕にかかえられている
ハンドルを握らなくても走るような高級車などいらないと
目のくらむような恋の駆け引きもいらないと
歳を重ねて女たちが言う
「男と女は根っから違うのよ」
一つになれると幻想を抱えたまま
共存と対立
瀬と瀬を合わせて座る二人の私
美しい言葉を繰り返して
それでも彼は逃げようとする
彼が残酷であればあるほど
私もまた残酷を跳ね返す鏡となってしまう
彼女の答えに、彼は驚いて一瞬口をつぐむ
自らの答えを不自然な間をおいて、彼女はようやく理解する
双子のような二人を分かつ境界の向こう側の音
背中合わせの二人の会話
混ざり合う事を求めながら、
今この時を忘れてしまうことを恐れている
対峙という恐怖を逃れるように
彼はひとこと
「王様の耳はロバの耳」
塞がることのない、
捉えようもない、
終わることのない、
自責の念
彼女は答える代わりにクスリと笑った
ようやく訪れた安堵を確かめたくても
あなたに私の顔は見えない
立てた膝小僧に肘をつき、頭を支えてうなだれている
私にもあなたが見えない
あなたが私に注いでくれるはずだった視線を、私は私の子供に向ける
さようなら私 私はここにいる
さようなら私
頬を伝う涙のように
あなたが足元に目をやると
微笑んでいるでしょう
小さな奇跡が
私のように
初めに混沌があり
境界が生まれ
境界線は開かれる
天と地の間に人が立つ
産声を上げて

三船ゆい Yui MIFUNE 1972年生まれ
長野県山ノ内町在住 自営業