女性性あるいは中年についての考察9 「シンガポール歴3年。もうすぐ43歳。本帰国間近。」

文 / 松下幸

 さて前々回、第七回の連載の最後が「続く」で終わった件ですが、とりあえずもう続かなくていいようにお話を〆たいと思います。第7回のあらすじをざっとご紹介しますと、韓流スターに入れあげた私がなんとかして実際に会ってそこから恋が、なんてことを本気で夢見て本気の体型改造に乗り出し、しかし体が出来上がった頃には韓流熱そのものがすっかり冷めて、この近年まれに見る美しい体型をどう使えばいいんだ?不倫とかいうよりも誰かにキレイだねとか好きだよとか言われてチヤホヤとかされたいのに!と思っていたところに友人の一人がFBで同級生に再会しイイ感じにというのを聞いて「これだ!」と膝を打つと、そこで「つづく」となりました。
 しかしその原稿を書いてからもう10ヶ月。その間にホームレスになっててもおかしくないぐらいの時間が流れましたんで、当然私も今となっては当時とは全く違った心模様です。10ヶ月の間に親しい友人の死、父倒れて瀕死、重荷の家族が重荷、リバウンド、吹き出物、猫が膀胱炎、日焼け、ママ友付き合いの軋轢、慢性疲労、生理不順、仕事休業、母親なのに引きこもり等々、様々な人生の荒波に揉まれまして、女として外に出て行くなんてことをするぐらいなら夜な夜なAVでも見てたほうがいいわ、てか今昼寝をさせてくれ、なんて完全に戦線離脱のような気持ちになっているのが今です。風呂なんて平気で3日ぐらい入りません。まあ、女としては、絶望、ですね。
しかしその絶望、二軍からの戦力外通告を受け取る前に自分から引退宣言状態になるまでに至る、その「同級生をさらってみよう」の顛末を、一応さらっとご紹介しておきたいと思います。

 友達に触発されてFBで検索した結果、あっという間にみつけたのは、高校3年生の時に大変純粋な恋愛をしていた彼と、大学生のときに親が「こいつらは結婚するだろう」と思うぐらいべったり付き合っていた彼の2人。というか他に検索するあてもなかったのだが、それはまあいいや。で高校時代の彼氏は、顔は吉岡秀隆似で高身長、大変やさしく笑顔が素敵なナイスガイだった。変な別れ方はしていないし、今当時の写真を見ても「超タイプ♡」となるくらい好きだったので、見つけた時にはドキドキしたのだが、現在のプロフィールを見て「・・・あれ?」と。地方の山奥で自動車修理工場を経営していると。もちろん既婚、子供はいないが純血種のレトリーバーとたくさんの仲間に囲まれ、週末にはバーベキューにフライフィッシングと、なんというか私の人生とは全く重ならないような生活をしている。確か地元でも有数の国立大に進学したはずなのに、何故自動車修理……?いやいや職業に貴賎なし!一国一城の主、腕一本で生きていくなんてかっこいいじゃないか。仲間がたくさんなのも、今でもナイスガイである印、なんて思ってタイムラインを遡っていったら、「・・・・・」
 こ、これは見なかったことにしたいな、と思うような現在のお姿を見てしまった。昔は細かったのになー細長くてほんとに素敵な体だったのに。け、けどもまあ出してみよう!フレンド申請を!!と意を決してリクエストボタンをクリックした。それから10ヶ月経った現在でも、まだ承認のお知らせは来ません。私の苗字が変わったからわからなかったのかな。
 お次は大学時代、ほぼ婚約状態だった彼氏。見た目は麗しかったけどもまあめんどくさい男で、別れてはくっつき、でまた喧嘩別れしてまた復縁みたいな、どうしようもない付き合いを長いこと繰り広げた相手だった。そしてすっかり別れてしまった後も、たまにお互いの人生について連絡しあったりしていた。基本やっぱりナイスガイだしカッコいいし何より超高学歴だった。東大の理系大学院生だから相当なもんでしょ?で、最後に電話で話したのが私が再婚して1年経った頃で、もうすぐ結婚するが母がガンになって、という愚痴を向こうが垂れ流しだしたところで、やばいまた面倒な話が出てきたぞ、再婚したばかりなのにそういうのは困ると思って慌てて電話を切った。まあそんな、どちらかといえば彼が私を好きな量のほうが多いっていうか、追われる立場っていうか、そういう関係であったので、当然最先端の理系研究者なのでFBでもすぐ見つかるし、友達申請をしたらすぐに承認された。久し振りだねーなんてメッセージが来て、お互いの子供の話なんかをして、おっなんかいい感じ?と思ったもんで、メッセージに「うちの娘ときみの誕生日が同じなんだよ。運命感じたわ」みたいなことを送ったら、なぜか返事が来なくなった。FB自体に一切現れない。なんだろうな、ご家庭に不幸でもあったのかな?
 で、お話にならないので、最終兵器を一人、探してみた。これは中学校から34歳ぐらいまでずーっと、付き合っては別れをロングタームで繰り返してきた、親が「東大と結婚しないならこいつと結婚するのかも」と思っていた相手だ。元カレなのかどうかすら判然としないが、特別に濃すぎる相手だったことは確かで、連絡がうっかりついてしまうと毎回何かやってしまうので、最後に終わった時に「もうお互い二度と連絡するのはやめよう」ということにしたのだった、が、そんな切なすぎる恋を繰り広げすぎた私達だ。また口火を切れないわけがない。そのため、まずはFBから探してみたが、LINEはしててもFBはまずしてないだろうと思うような男なので当然見つからず。ミクシィはお互いブロックしてるので繋がらず。友人たちには関係そのものが秘密なので連絡先を直には聞けない。会社のメールアドレスは知ってるし、社長なので退社してることもなかろう、会社潰したって話も聞かないし、と思ってじゃあ、そこしかないかと、当たり障りのないメールを会社のアドレス宛に出してみたが、まあ、返事はないですね。そんなもんだね。過去に22年もの付き合いがあっても、暑いですねーの一言も返ってこない。こんなに揺るがないとは思わなかったわ。
そんな感じで、持ち駒は全て尽きました。この3名以外、思い当たる元カレはいないのでね……。
 で、そのFBで同級生とつながっていい感じな友達に相談したら、知り合いだけど付き合ったことはない相手を引きずり込んでみたら?と、アリジゴクみたいな恐ろしいことをその友人は言うのだけども、躊躇していたら「じゃあナンパでもする?」と言われていやそれならアリジゴクのほうがいいですと言ったところ、誰か引きずり込めそうなアリはいないのかと聞かれて「アリかどうかは分からないけどもう12年ぐらい憧れている相手はいる」と素直に答えました。7つも年下なもんで、おまけに憧れすぎているんでまともに顔を見て話したことすらないけども、一応会社で同じプロジェクトを一緒に、というか2人でやったことがあり、どうして顔も見ずに仕事ができたかというとメールという便利な道具があったからなんだが、いつどういうタイミングで、私が勇気を出したのか、流れでそうなったのか判然としないのだがSNSではだいたい繫がっていて、今でもFB上では親交がある。たまにはチャットもする。彼から「いいね」がつくだけでその日は夢見心地だ。チャットなんか来たら一旦トイレに行って気を鎮めてこなくてはならないぐらいだ。別に全然かっこいいわけではないけども運良く私の好きな顔である。共通の友人に彼の容姿を褒めると「え?」と言われるが、そんな彼が早々に結婚してしまった時には、ショックであるとともに猛烈に切れ者でインテリジェンス溢れる有能な男は容姿とか関係ないのよねーと、一人納得したものだ。
 で、アリジゴクと言われてもね…どっちかというと私がアリのタイプで、むこうがアリジゴクになれば瞬殺される自信はあるけども、そんな気配はないし、第一リアルで直接話したこともないのにどうやってそんなことを??と、一向に先に進まないままどんどん私の人生が暗転していき、太り、顔はたるみ、疲れ、アリジゴクっていうかここは地獄ですか?というそんな状態のなか「生きるの辛えー」と、もう早期に閉経しちゃうんじゃないかな?なんて心配のほうが大きくのしかかってきて、見せる体もなくなったし、そもそもチヤホヤされたいなんて手の届かない望みの前に私は安住したい。浮足立ちたくない。沈殿上等、外に出なければ夕食にチーズとんかつ食べて食後にケーキ、夜食に塩おにぎり3個とドリトス片手に朝方まで韓流ドラマ観てるとか、そういうダメな王みたいな生活が許されるわけで。そもそも主婦なんだから。夫も子もいる身で一体何を画策してるの?なんて急に白々しいことを思ったりして。そんな、前線を退く言い訳を山程並べられることにホッとしていたりして。

 第8回でも述べたが、人生43年近く生きていると、性行為を思い描くのと実際に行動に移すことの間には、とんでもない渓谷ができあがっている。婚姻関係内であっても約半数が没交渉であるのが我々日本人の現状だ。そこからどうやって渓谷の向こう側へ行くか?飛び越えられるのはごく少数の、選ばれた者だけだ。ニュースで「こんなブスでデブのおばさんが3股で保険金殺人!?」なんてのを少なからず見るが、ああいう驚異的なハイジャンパーも世の中には確かにいる。けども大抵の人は、渓谷を一度下って急流を渡って崖を登り返してやっと向こう側へと渡るのである。そんな人前で裸を晒して、触らせて、あれやこれやするとかもう、文字通り決死、命を落とす覚悟がいる。そんな困難を、親しい人が死ぬとか、親の介護や看取りとか、遺産を巡る争いとか、あちこち老化して健康を保つのすら難しいとか、加齢に伴って誰もが通過しなければならない苦境を前にして、わざわざ頭から突っ込んでいく女がどれだけいるのか?
私だって熟年性交渉を全くやったことがないわけではないから、今もしそういう行為に実際及んで見た時に何が起こるか、何となく想像はつくわけです。多分、概ねの感想は「恥ずかしい」「白ける」「疲れる」「無理した」「自分が痛々しい」。この辺はどうやっても出てくるのだろうと思う。読むだけで辛い。しかし我々の年代でしかも既婚者となると、性行為を前提としない恋愛などありえないわけで、でもそれは女としてどうこうの前に、人として私をやつれ果てさせるのは目に見えている。
 3年前、ちょうどこの連載を開始した頃、同じく前線にいたが後に完全撤退宣言をして、今やアンチエイジングや恋愛の話だけでも嫌がるようになった友人と先日、久しぶりに「今求める恋愛」の話をする機会があったのが、2人とも口を揃えて言ったのが
「高校生みたいな恋愛がしたい」
だった。
 今時の高校生ではない。小学生の恋愛だってするしないの話になる現代社会には全く理解不能だ。我々が思い描くのは、性行為が先に見え隠れしてるんだけども、まだそこへは遠い段階で、そもそも好きなのか好きじゃないのか、お互い探り合っているような。なんとなく近くにいてなんとなく優しくされたりして、という、まことにバカみたいな、ここに書いていても恥ずかしくなるような「恋愛ごっこ」みたいなもので、百歩譲って40女の今に置き換えたとしても、とりあえずことが始まる前の、チヤホヤされてる状態を延々と長引かせたい。したくはない。でもチヤホヤされたい。いい気分になりたい。久しくそういう気分になったことがないから。
 自分にそういう価値があると、もういちど認識してみたい。もう誰も褒めてくれなくなったから。
若さがなくなるというのは、女としての価値が激減することでもあり、そこから老後がどのくらいあるのかしらないけども、多分女としての賞味期限が終わるのは、人生において体験する初めての「終焉」だ。
それに直面するのが結局、怖いのだろうか?
しかし現在絶賛失恋中で、心のバランスがおかしくなっている故郷の友人は泣きながら言った。
「辛いけど、それでもこの恋ができてよかった」
つまり「何もないよりはまし」という話らしい。そうなのだろうか。自分から静かに引退して「何もない」楽しさを享受するのが楽か、いつまでも果敢にトライして、ボロボロになっても、「初めての終わり」に追いつかれないことが幸せなのか。静かに引退はしたいけど「初めての終わり」を通過したという事実をまだ実は受け入れてない私のような場合、その受容はどのような過程で行われるのだろうか?

 現在この連載は第9回。2ヶ月後に次号が出る頃には、私はもう帰国している。
第一回、40歳になった直後に海外へ引っ越した時、「帰国するときには、女性の生と性について何か掴んでいてみせる」と書いたわけだが、その結果は、分かったような分からないようなという微妙なものだ。
40を境に変わることがあるとしたら、スーパーサイヤ熟女への階段をのぼる選ばれた者と、生々しさが耐えられなくなる者とに女が二極化されるという、このことだけは分かった。
しかし、生々しさから離れてたふりをしても「モテたい」「女と見られたい」「恋愛したい」という欲求から完全に解脱できるわけでもない、というのも身を持って分かった。
女の40女代というのは、草食化を選びながらも前線から遠のく恐怖にも耐えられない、不惑どころか悪あがきの時代である。
私がこの3年で掴んだ事実は、なんともしょっぱい、しょんぼりする事実であった。
すっかり消極的になってしまっている今、私がこの連載で第10回を迎えることがあるとしたら、エイジング由来の絶食化を選ぶというのがどういうことなのか、そこについて掘り下げていくことでしょうか、それって読んでも書いてもつまらない愚痴の垂れ流しになりそうだ。
ではここで潔く最終回にしよう。
読んでくださっていた皆さんがいるとすれば、長らくありがとうございました。
またいつか、どこかで。

 と終わるつもりだったけどね、今もう帰るよっていう頃合いになって突然。突然!降って湧いたように目の前に男性が現れたんですよ!!イケメンです。高身長です。ちょっとだけお兄さんです。日本在住です。売れっ子コピーライターです。すっかり国内事情に疎くなった私ですら知ってるコピーを書いた方です。その方と偶然、たまたま、場を一緒にする機会があり、たまたま5分ぐらい立ち話はさせて頂いたんですけど、何故だか知らないけどもその方から突然、前触れもなく、FBで友達申請が来て、今度一緒に一杯飲みながらお互いの仕事の話でもどうですか、と。……いやそれはいいですけど、私と何がしたいんですか?仕事の話って、私ウジ虫みたいな仕事しかしてないですけど、ほんとに仕事の話だけですか?本当は私と一体何がしたいんですか?もももしまさか万が一それ以上のことを考えていらっしゃるのであれば、ぷ、プラトニックな関係で、愛だけ伝え合ってとか、そういう斬新な形でお願いできないでしょうか??
というこの話の続きがどこへ落ち着くのか。どうも国をまたぐとなると発情を伴う事件が起こるようである。私の中のラフレシアよ、もう一度その強烈な腐臭で当惑の世界へと私を誘うのか否か。第10回、あるかどうかさえ定かじゃないけどもあったら一体どんな内容なのか私のほうが心配!

松下幸 Koh Matsushita
1972年福岡県福岡市生まれ
シンガポール在住
職業 / コピーライターのようなもの
略歴(概略)/ 大学中退➝フリーター➝主婦➝フリーター➝会社員➝フリーランス
catpaw@gmail.com