青さ

yodatakeshi10


文・画像 / 依田剛

 「いらっしゃいませ」と言わなくなって、だいたい1年。
 独りで働く寂しさ(お客さんが途切れない店なら感じなかったのかも)や、なかなか外に出かけられないストレスからは解放されて、代わりに締め切りのプレッシャーと創作の苦しみが戻ってきた。創作なんて言うと大げさだけど、一応。
 このごろは「バカが見るもの」なんて言われ方をするテレビにも、僕としては微かな可能性みたいなものを まだ感じていて、取材という大義を利用した僕の個人的な楽しみを抜きにしても、番組を作る(放送する)ことで知らないたくさんの人たちと何かを共有できると思っている。“知らない誰か”が、前時代的な年配者や分別のつかない子供や、ゴシップにしか興味がない いい年した大人だったとしても、いや、だからこそ、そういう人にテレビを通して話しかけることは意味があると。
 お盆に実家で親とテレビを見ていたら、母が「こういう番組(民放の日航機墜落事故の特番)をどうしてもっと宣伝しないの?」と聞いてきた。それは母ちゃんが見なかっただけで、かなりやっていたという僕の説明に納得しない母の反論は「NHKで1回も見なかった」というもので、あまりの常識シカトっぷりに顎が外れそうだった。
 常識を気にしない人(無知なだけかもしれないが)と言えば、タイに住んでいたときはタイ人の自由な発想に驚きの連続だった。デパートとかのトイレにある手を乾かす温風器を前にして、洗った手はハンカチで拭いて、濡れたハンカチを温風器で乾かす人(当然なかなか乾かないから、いつまでも温風器を占領)。ヘルメットの代わりにボウルを被ってバイクに乗る人。渋滞が我慢できなくて、客を降ろしUターンして走り去る路線バス…。彼らは圧倒的だ。
 話が逸れた。自分とは感覚や思考の違う人に自分の考えを伝える、しかもたくさんの人に伝えられる道具を、使わない手はないと思っている。ちなみに断っておくと、報道の中立なんてありえないし、個人的には作り手の意思が伝わらない番組なんて意味がないと思っている。
 そんなことを言いながら、僕もちょくちょく意味がないものを作って、次はちゃんとしよう!なんて自分を戒めたりしている。テレビ以外の、“お客さんの言いなり仕事”も受ける。アーティストでも天才演出家でもない僕が食べていくには、そういうこともある。だけど少なくともテレビで育った僕は、テレビを“下等なメディア”呼ばわりはしない。と、この夏決めた。
 

依田剛 Yoda Takeshi
1971年生まれ長野市在住
テレビ局勤務、タイ料理店経営の後、フリーランス映像ディレクター
takeshi_yo2008@hotmail.co.jp