すべてはこのために

文・写真 / 山本正人

masatoyamamoto07

晩ご飯の最中も話すことに夢中の子供たちを、
寝る時間に間に合うように、彼女たちの突拍子もない楽しい会話に参加しながら、
食べることを忘れないように促す。

夕飯を食べ終わってから、
子供たちの歯を磨いてあげるのが、私の日課。

たいていの場合、好奇心旺盛の長女の莉子は、
歯磨きの間も他の事に気を取られて、落ち着かない。

「ほら、口開けて」

私の足の上に寝転がって口を開けながら、彼女は喋ることを止めない。
「あやひゃんが、へあほいひゃんけん、おひえへへ・・」

「お喋りしてると、磨けないよ」

「はーひ、おいはいいっはは・・・」

「ちょっと!」

「んふっ♪」

それと対照的に、次女の詩乃は心の中で想像する事が上手なようだ。
時々すごく静かに、天井の一点を見つめながら、
口を開けてじっとしている。

歯磨きが終わって、口を濯ぐために洗面台に行く途中、
詩乃は「サボさんがえ〜んってなったんだよ。」と唐突に言う。

「ん?そうなの?」と返事をしながら、
(今日は、サボさんのことを考えていたのか)と変に納得する。

“サボさん”は、NHK教育番組に出てくる着ぐるみのキャラクターで、
おっちょこちょいで少しずる賢しこい、でも心優しい年上といった設定。

「サボさん、なんで泣いてたの?」
と聞くと、「モッタイナイお化けがサボさんにえーんってしたんだよ」と言う。

モッタイナイお化けは、我が家では怖い存在。
ご飯を残したり、嫌いなものを食べないと、モッタイナイお化けが迎えに来るのだ。

その怖いお化けが、サボさんを泣かしたらしい。

「サボさん、ご飯残したりしたの?」
詩乃は、極めて真剣に無言で頷く。

「ご飯残したら、モッタイナイお化け、来るかもね」

私がそういうと、詩乃はまた1人でサボさんとモッタイナイお化けの世界に浸りながら、
淡々とコップに水を入れて、くちゅくちゅペをする。

そして、やっぱり怖かったようで、
こちらを向いて両手を広げて
私にだっこをせがむ。

友人に最近、インターネットの面白い記事を教えてもらった。

何十年も昔の青写真を並べて、
その写真に写っている同じ人たちが、同じ構図でもう一度現在の写真を撮っていた。

当時、子供や赤ん坊だった人たちが、初老となった母親に抱っこされたり、
中年の男女同士でキスをしている。

私はそれを見て、
自分が子供の時、そして親としての今の自分を、
自然と重ね合わせていた。

様々な複雑な思いが込み上げてきて、
胸が熱くなり、
その誰とも知らない人たちの人生模様を見入ってしまった。

私の子供たちが無邪気な子供としていてくれるのは、
ほんの10年、15年という短い間だけ。

そう思うと、切なくも寂しくもあり、
そして、今が何事にも代え難い、貴重で幸せな時間だということ。

居ても立っても居られなくなって、
二階の仕事部屋から子供たちのいる居間に降りていった。

すると、詩乃が私のところへ小走りに近づいて来て、
「お父さん、これ♪」と見せてくれた。

それは、毛糸ともみじの紅葉した葉とセロハンテープで出来た首飾りだった。

「莉子が作ってくれたの」と詩乃は嬉しそうに言う。

「綺麗だね。すごい良いじゃん」といって莉子を見ると、
少し自慢げにこちらを見ていた。

その首飾りはどんなに素晴らしい芸術作品も霞むほど、
私の心を虜にしてしまう力があった。

山本正人 Masato Yamamoto 1976~
群馬大学教育学部卒 長野市在住