晩ご飯の最中も話すことに夢中の子供たちを、
寝る時間に間に合うように、彼女たちの突拍子もない楽しい会話に参加しながら、
食べることを忘れないように促す。
夕飯を食べ終わってから、
子供たちの歯を磨いてあげるのが、私の日課。
たいていの場合、好奇心旺盛の長女の莉子は、
歯磨きの間も他の事に気を取られて、落ち着かない。
「ほら、口開けて」
私の足の上に寝転がって口を開けながら、彼女は喋ることを止めない。
「あやひゃんが、へあほいひゃんけん、おひえへへ・・」
「お喋りしてると、磨けないよ」
「はーひ、おいはいいっはは・・・」
「ちょっと!」
「んふっ♪」
それと対照的に、次女の詩乃は心の中で想像する事が上手なようだ。
時々すごく静かに、天井の一点を見つめながら、
口を開けてじっとしている。
歯磨きが終わって、口を濯ぐために洗面台に行く途中、
詩乃は「サボさんがえ〜んってなったんだよ。」と唐突に言う。
「ん?そうなの?」と返事をしながら、
(今日は、サボさんのことを考えていたのか)と変に納得する。
“サボさん”は、NHK教育番組に出てくる着ぐるみのキャラクターで、
おっちょこちょいで少しずる賢しこい、でも心優しい年上といった設定。
「サボさん、なんで泣いてたの?」
と聞くと、「モッタイナイお化けがサボさんにえーんってしたんだよ」と言う。
モッタイナイお化けは、我が家では怖い存在。
ご飯を残したり、嫌いなものを食べないと、モッタイナイお化けが迎えに来るのだ。
その怖いお化けが、サボさんを泣かしたらしい。
「サボさん、ご飯残したりしたの?」
詩乃は、極めて真剣に無言で頷く。
「ご飯残したら、モッタイナイお化け、来るかもね」
私がそういうと、詩乃はまた1人でサボさんとモッタイナイお化けの世界に浸りながら、
淡々とコップに水を入れて、くちゅくちゅペをする。
そして、やっぱり怖かったようで、
こちらを向いて両手を広げて
私にだっこをせがむ。
友人に最近、インターネットの面白い記事を教えてもらった。
何十年も昔の青写真を並べて、
その写真に写っている同じ人たちが、同じ構図でもう一度現在の写真を撮っていた。
当時、子供や赤ん坊だった人たちが、初老となった母親に抱っこされたり、
中年の男女同士でキスをしている。
私はそれを見て、
自分が子供の時、そして親としての今の自分を、
自然と重ね合わせていた。
様々な複雑な思いが込み上げてきて、
胸が熱くなり、
その誰とも知らない人たちの人生模様を見入ってしまった。
私の子供たちが無邪気な子供としていてくれるのは、
ほんの10年、15年という短い間だけ。
そう思うと、切なくも寂しくもあり、
そして、今が何事にも代え難い、貴重で幸せな時間だということ。
居ても立っても居られなくなって、
二階の仕事部屋から子供たちのいる居間に降りていった。
すると、詩乃が私のところへ小走りに近づいて来て、
「お父さん、これ♪」と見せてくれた。
それは、毛糸ともみじの紅葉した葉とセロハンテープで出来た首飾りだった。
「莉子が作ってくれたの」と詩乃は嬉しそうに言う。
「綺麗だね。すごい良いじゃん」といって莉子を見ると、
少し自慢げにこちらを見ていた。
その首飾りはどんなに素晴らしい芸術作品も霞むほど、
私の心を虜にしてしまう力があった。