Pagoda

matsudachika-637

文・画像 / 松田朕佳

夕立があがってタイル張りの床には金色に輝くパゴダが反射する。エンジェルが建てたんだよ、とコラットが教えてくれた。首筋にはドクロから羽の生えたタトゥー。何度も滑って転んでしまいそうになりながらも水たまりが裸足を清めタイルの床が滑らかに足裏を撫でてゆく。つま先から着地する僧侶の体はふわりふわりと小股に進み、私たちはその後に続いて歩いた。視界に入る全てのものがきらびやかな装飾で光り輝いている。念仏の歌が体中に響き渡り、数えきれぬ程の仏像の視線に優しく皮膚は覆われる。入り口で靴を脱いで以来、土から遠く離れたこの場所に自然と心は静まっていた。この仏像に見覚えがあるよ、私たち二周しているんじゃないかな。円形のパゴダのまわりを回っているうちに出口が分からなくなってしまった。等間隔にあるゲートの一つから飛び出してみて来た道でなかった事が初めて分かる。靴も無いのでゴツゴツとしたアスファルトの上を早足に歩く。足裏に突き刺さるアスファルトが天国から現実に戻ってきた事を教えてくれる。道路に出てタクシーを拾い別のゲートへ。次のゲートには私たちの脱ぎ残した靴があった。それらを拾うと雑音と熱臭気の固まりの中へと一気に取り込まれたのだった。

亜熱帯気候に腐食するイギリス植民地時代のコンクリートアパートは苔とカビに覆われ色彩を増す。雨期のヤンゴンは5分後の天気が分からない。突然降り出す雨に人々は馴れたようすで屋台の商品にビニールシートを被せ、鍋を並べて雨水を集める。先頭を歩くノラの姿を見失うまいと排水が混ざった水たまりの中をバシャバシャとビーチサンダルの足に灰色に濁った水を被りながら歩く。雨が上がると口々から吐き出された噛みタバコ、ビンロウの赤茶色の唾液が歩道を彩る。タナカパウダーを顔に塗りたくったウェイトレスにチャイを注文、托鉢の子供の僧侶がすっと私の横に立つ。さっきの僧侶に100チャットいれたからあなたの分はもう無いの。1羽だけ、黄色い頭の小鳥を空に放って九徳を積んだ。籠の残りの数十羽、お金を払う事を渋った自分の財布は罪悪感で膨らんだ。路地を歩いているとするするとアパートの上階から買い物かごが下りてきた。よく見回すと紙挟みやブロック、買い物かごを縛り付けた紐がどのアパートの上階からも部屋の数だけ垂れ下がっている。紐の先は各部屋の呼び鈴に繋がっているらしい。こんにちは、というメモを一つの紐の先につけられたクリップに挟んでおいた。
私はこの旅の間中ずっと彼女を他の誰かと間違えていた。初めに会ったとき友人の友人に似ているな、と思ってしまって以来そのまま私はその人に会っている気がしていたのだ。そちらの人ともそんなには面識があったわけではないので初めて会う彼女にも私が間違えている事を気づかれずにすんだのだが、数日が過ぎ彼女の事が少しづつ分かり始めると人違いしていた事に私自身が気づかされたのだった。
前世でレイプしたから今世でゲイなんだ、とミャンマー仏教の輪廻転生説は因果が直接的で分かりやすい。カメはウサギになるかしら?少しミントを入れてもらったビンロウをガリガリと噛み砕く。葉っぱの青臭さがビンロウの種の味と混ざって次第に口内は痺れてくる。赤茶色い唾液を足元に吐き出す。いくつものビンロウ を次々に噛み砕き口から唾液が滴り落ちるたびに足元の大地は赤茶色の濃度を増していった。

松田朕佳 Matsuda Chika 1983年生まれ 美術家 
長野市在住
ビデオ、立体造形を中心に制作。2010年にアメリカ合衆国アリゾナ大学大学院芸術科修了後、アーティストインレジデンスをしながら制作活動をしている。
www.chikamatsuda.com

オブセオルタナティブ
2013 8.24 sat – 9.9 mon