水と油

文 / 梅田明雄

とある飲み屋さんで

みかちゃんいわく
「お客さんは何をされてる方なんですか?」
「ああ、版画を刷ってるんだ。ちょっと変わった仕事かな。」
「はんが?はんがって絵の版画のことですかぁ?」
「そうだよ。」
「うわぁ~、芸術家さんなんだぁ!かっこいい~。」
「ちがうよ、人の作品を刷ってんだ。まあ、職人だね。」
美術の仕事をしているってだけで、「かっこいい」とか「すてきぃ~」とか言われるけど
好きなことをやってるおかげで、いつも貧乏でろくな生活をしてない。とてもかっこワル!

「彫刻刀で彫ったりするんだ」
「木版じゃあないんだ。リトグラフって知ってる?」
「なんか聞いたことあるかなぁ...、下敷きをかりかり彫るやつ?」
「そいつはドライポイントって言うんだ。学校の授業かなんかでやったんでしょ?」
「うんうん、中学校のときかなぁ。」
木版とリノカットとドライポイントくらいは飲み屋のネエチャンでもだいたいは知っている。

「リトグラフっていうのは、平版といってね、んと平らな版ってことね、彫ったり削ったりしないんだよ」
「ふ~ん...じゃあどうやって刷るの?」
「同じ平らな面にインクの付くところ付かないところを作ってやるんだよ。」
「???」
「木版画やさっきのドライポイント、下敷きカリカリのやつね、は物理的に彫ったり削ったりして
凹凸をつくってやって、版の上でインクが付くとこと付かないとこを作ってやるわけだけど。」
「ふんふん」
「リトグラフってのは、物理的な変化、凹凸をつくらないで
科学的な変化でインクが付くとこと付かないとこを作ってやるんだよ。」
「科学的変化ぁ~!?」
「つまりね、水と油の反発を利用しているんだよ。」
「水と油ぁ~?」

「平らな同じ面に脂分を引き付ける部分と、水を引き付けるところを作るんだ。
そうして水で湿らせながら油性のインクをのっけてやるんだ。」
「???」
「紙に油性のクレヨンで何か描く。そこに水をこぼす。
紙は濡れるけど、クレヨンで描いた部分は水をはじく。その原理なんだ。」
「ふう~ん...。」

まあ、まったくわかないだろうな。
リトグラフを口で説明するのは、刷るより難しい。

梅田明雄 Akio Umeda 1957年愛知県豊田市生まれ 長野県千曲市在住 梅田版画工房主催
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