チョコレート

文 / 山本正人

5歳の娘は、明日、しょうご君にチョコレートを渡すとはしゃいでいる。

バレンタインデイの前に日、娘は夕飯を食べながら私に、
「パパにも内緒があるんだよっ」と、純粋無垢な嘘をつく。

「内緒って何ぃ?気になるね。」と、彼女の愛おしい演技に応える。
「何でもない、何でもない!」

「さあ、ほら、早く食べちゃいな。お風呂の時間だよ。」
いつものごとく、寝る時間に間に合うように娘に諭すと、
今度は急に暗い顔になる。

毎日のことだけど、
子供の食事をすんなり終わらせるのは難しい。
あの手この手で、なんとか寝る時間に布団に入るのが日課。

「明日、しょうご君にお手紙渡すんでしょ。食べないと、お手紙描けないよ。」
などといいながらも、今日はそれほど強く言ったつもりはなく、
いろいろ話しかけてみると、どうやらいつもと違うらしい。

そのうち、顔を歪ませて泣き出してしまう。
嫁は事情を知っているらしく、
「明日プールがあるんだよね。今日お風呂でパパと練習すれば?」という。

娘の通う幼稚園は、年中定期的に室内プールで水に慣れる授業がある。
どうやら、その授業で潜るテストがあるらしいのだけど、
同じクラスで頭まで潜れないのは、娘を入れて二人だけなんだそうだ。

負けず嫌いの娘は、それが悔しくて泣いているのだ。

つくづく親バカだなと思うのだが、
私は彼女のその悔しさを自分事のように感じ、
「先生は無理にやらせたりするの?」「そんなのやらなくてもいいよ」
などと、無責任に言う。

でも、そうじゃないと娘は首を横に振るだけ。
「じゃあ、お父さんとお風呂で練習しようか。」やはり首を横に振る。

「大丈夫だよ。大丈夫」
娘を抱きながら頭を撫で、そういうしかなかった。

少し落ち着いた娘は、どこか暗いながらも日課の通り布団に入り、眠りについた。

次の日、娘達が起きるより早く仕事に出てしまう私は、
いつもより仕事を急いで切り上げ、家に向かった。

玄関を入ると、部屋の奥から
「パパだ!」と言う声とともに、娘達が走ってくる。
5歳の娘は、とびきりの笑顔で私に飛び込んで来た。
「はい、ただいまぁ!」
とりあえず良かったと、安堵する。

「今日ね!プールのコーチと一緒にお顔まで潜ったんだよ!」
「そう!よく頑張ったね!」
「あ、そうだ!」彼女は勢いよく部屋の奥に走っていくと、
後ろ手に何か隠しながら、ニヤニヤして近づいて来た。

「あのさぁ、内緒なんだけどさぁ、はい!」

山本正人 Masato Yamamoto 1976~
群馬大学教育学部卒 長野市在住 土木関連業務