ナイト・ミュージアム

文 / 中尾美穂

夜の美術館は案外うるさい。
作業中に展示室で休憩をとろうとしたことがある。それまで響いていた金槌の音のかわりに、機械の振動音や植樹が窓ガラスを擦るこれまた耳障りな音が飛び込んでくる。庭は暗闇。虫の音もするだろう。「展示室を独り占め」なんて聞こえはいいが、余裕のない時にはこれから並べる作品の気配を感じて落ち着かない。
それが厄介だ。破調を嫌い、なのに各々個性を出したがり、この並びじゃ映えないだの、照明の当たりが違うだの、もっと空間が必要だのとざわめく。残り少ない時間を気にしながら泣く泣く要求に従うと、場の流れが変わる。見慣れた作品に思わず見入ってしまう。
結局休めない。

暗い室内で行なう作品撮影もにぎやかだ。
レンズを覗きこむカメラマンがしきりに首をかしげる。原画にないサイケデリックな蛍光色を拾ってしまうらしい。「何だ」「何だ」と皆色めく。別の作品にはなぜか靄がかかる。画中に別の絵? X線じゃないのに。もともとミステリアスな作品だからか微妙な色調のせいと割り切れず、謎めいてみえる。
プロの腕にはとても及ばないが、館員も撮影する。最近、髑髏が描かれた水彩画を撮った。タイトルは《部屋の中の死》。所蔵者はミステリー作家。何カット目かで同僚が声を上げる。画を横切る目のない不気味な顔。照明と絵具の滲みの悪戯に違いない。それでもドキリとする。

勤めている美術館は個性的である。凹凸が多く、通路や階段は狭く、湾曲した壁がある。館員泣かせだ。だが建築には愛着がある。
隔年開催した陶展で、建物に囲まれた中庭を会場にした。搬入後に館内をライトアップして夕暮れの庭から見る。ラウンジの設置作品が幻想的だ。「やっぱり池田さんっていいよねえ」と関係者がしみじみと言う。
一日の終りに見るのもこんな景色だ。この時ばかりは空間を独り占めする贅沢を味わっている。

池田満寿夫美術館
〒381-1231長野市松代町殿町城跡10 tel.026-278-1722 fax.026-285-0344
http://www.ikedamasuo-museum.jp/
*山上晃葉《fission》をエントランスで展示中(期間未定)。
10/6(土)に関連イベントを行なう予定です。詳しくはお問い合わせください。

中尾美穂 Miho Nakao 長野市生まれ 池田満寿夫美術館学芸員
*寄稿者希望により生年不記載