文 / 塚田辰樹
私は最近になって数回、モグラに襲われるという経験をしているが、まあ無視すればいいだろうと考えていた。しかし夜中に襲撃してくるとは思わず、かつそのショックがデカかったせいで、その翌日には、池袋の雑居ビルの路地裏に位置する、何ともわかりにくい場所の、とある診療所にいた。やはり人目に触れにくいと助かる人もいるからだろうか。
人は誰でもモグラを飼っている。そのモグラとの関係次第で、ここへ来る必要性が決まる。
エレベーターを出るとすぐに受付があり、保険証を提出した。応対した女性の後ろには、コの字型に大きくスペースが取られており。常に5,6人の担当者が、その中で常駐している。皆若く、女性でも安心して通えるというふれこみ通り、半数以上が女性だった。
診察ボード記入の説明を受けながら、昨夜のトラブルを思い出す。寝付けないでいると、急に激しい目眩と動悸に襲われたのだ。呼吸もままならなかった。その後2、3時間眠ることができず、大病ではないかと恐怖に震えた。死ぬかと思うほど苦しかったからだ。症状で病名を検索したところ、はっきりしないがどうやら心因性の線が強いようだった。急いで心療内科を探したが、何しろ休日であるため、休診ばかり。結局、池袋くんだりまでやってきたのは、最寄りの診療所は口コミの星が一つだったからでもある。
ひととおりのやりとりを進めるが、担当女性がどうも視線が泳いでいる。こちらの精神がおかしくて診察を受けに来ているのに。だいじょうぶか。一抹の不安を抱えながらも、待合スペースに座り、チラチラと周りの様子を窺うが、想像していたような落ち着きのない人、妙な言動を繰り返す人はおらず、みな問題のない人たちに見える。私と同じように平静を装っているが、本当は狼狽と困惑で胸がいっぱいなのかもしれない。
個室へ通されると若い医師と対面した。雑居ビルの2階にあるため、診察室は正直せまい。昨今の心療内科の増加で、ネットで検索しただけでかなりの診療所が見つかった。日曜日に診察している場所で、信用できそうな所はここぐらいのものだったので助かった。狭いことは苦にならないが、医師が何しろ早口で説明する。その理由は通院してわかったが、一人の患者につき、診察時間は短時間しか割り当てられない。ニーズがあるため、出来るだけ多くの患者を裁かなくてはならないためだろう。しかし映画で見るような、革の大きな椅子に腰を掛けたかった。あれはカウンセリングだったか。
発作が起こる前触れには“自分の体が自分のものでなく感じる”ことがある。“自分の体がゲシュタルト崩壊していく感じ”。
そう伝えるには、若干の戸惑いがあった。通常の診察室では「ノドが痛い」「頭が痛い」などの説明しかしたことがなかった私には、抽象的で曖昧な説明をせざるをえない状況に、違和感があり、恥ずかしくもあった。
しかしここでは、医師はその話をすんなり受け入れ、「自律神経失調症」と診断した。
ただそれは、発作の症状から得た結果だという。“自分の体が自分のものでなく感じる事がある”については「離人症」とまではいかないようなので、まあ大丈夫でしょう。と曖昧だった。結局ストレスを上手く掃けていくことが、生活において重要になるらしい。
ひとまず抗不安薬を処方してもらうことになった。“不安”を感じたときに服用することでパニックを押さえられるらしい。ただ医師曰く「もぐらたたきのようなもの」で、発作がモグラだとすれば、それに対して薬を服用し、叩いて落ち着かせる事はできる。だがモグラそのものは、ずっと土の下にいるので、ストレスの原因を探り、解消することが肝要であるとのことだった。
ストレス……。やはり大雑把な原因に落ち着いた。いや原因はストレスの元だ。仕事?制作?人間関係?生活習慣?そもそも解消の仕方がわからない。なんなら全ての病気はストレスが原因か、あるいは関係して起きているような気さえするので、なにも心因性の病気にかかる必要なんてなかったのに、と運命を恨む。だが自宅へ戻ると、少しだけ安心した。昨夜のような発作で、眠れなくなるということはないだろう。ハンマーはいつでも構えられるということだ。
しばらくして周囲の話を聞くと、意外と自律神経失調症を患う人は多いことがわかった。知り合いも、知り合いの知り合いも、同じように変調をきたしている。わりとオーソドックスな病気だと知った。が、なんとそれは「早く寝る」だとか「気のせいと無視した」とかで回復している。モグラを軽くいなして平然としている人たちのように感じるが、話している中で大体は私に重く受け止めないように助言してくれたり、気を遣ってくれているのだと感じる。
「まあ、仕事してればそういうこともありますよ。」「生きてりゃ色々あるからね。」「いつか死ぬんですから。」「キャバクラ行く?」
塚田辰樹 Tatsuki Tsukada
1986年長野市生まれ
川口市在住
DTPオペレーター/DTPデザイナー
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