今年もまた、雪が降る

文 / 山本正人

“今年選んだ水槽ヒーター、失敗だな。水温が下がってる・・”

“出だしのコンテンツ構成は低めのトーンが良さそうだ”

“29日からじゃ間に合わないな。連絡入れとくか。”

“水草の葉色が悪い・・カリウム肥料が足りないかも”

水槽の前に手を突き、泳ぐ魚をじっと見つめながら
考えを巡らせていた。

仕事で息が詰まると玄関先にいる熱帯魚を眺めるのが、
ここ5年ほどで自然と行き着いた私のルーティンだ。
頭をリセットできる場所と言えば良いか。

魚達は人影に気付き、
手前のガラスに体を擦り付けるほど入り乱れながら
早く餌をと催促している。

“パパは?”

“また玄関じゃないの~”

部屋の奥から嫁と娘のそんな会話が聞こえて来る。
ごく穏やかな家族の日常に、私も思わず頬が緩む。

「パパまた魚見てる!」

様子を見にきた長女が
呆れたような口調で言う。

「なんかさ、水草の元気がないみたい。」

「ふ~ん。」

娘は、手をつく私の懐に頭をぐいぐい突っ込んで来て水槽を覗き込んだ。

「これ、元気ないの?」

水面に乱反射した水槽の光が、彼女の瞳をキラキラと輝かせた。

私は子供たちが我が物顔で私に甘えて来るのが、堪らなく嬉しい。
長女は特にだ。

考えてみれば、この子が生まれてから10年経った。
10歳にもなると物事の分別もだいたい分かって来て、
私や妻の手が回らない時には
まるで小さな母親のように3人の下の子の面倒をよく見てくれる。

“いつまでも子供だと思ってたのに”なんて良く聞くフレーズを
幾度となく実感させられる。

だから長女が子供に戻って、
素で私に甘えて来るとほっとするのだ。

水槽の魚の中には
我先にと水面に群がる他とは別に、
よそ事とばかりに水草の葉先をつついてる者もいる。

と思えば、より多くの餌を得ようと他を威嚇する者もいる。

私が怖くて近づいて来ない者もいる。

人間だって同じようなものと妙に賢人ぶってみるが、
そこに哀愁を感じてしまうのは私だけだろうか。
あと10年もすれば、
長女もそんな殺伐とした社会に一人で行く時が来るのかと。
そしてこの優しく曇り無い心の変わってしまうのが怖い。

時間よ、もう少し待っておくれ。

「ううっ、寒い!パパ寒くないの?」

玄関先のヒンヤリとした空気に娘はぶるっと身震いして、
より一層私に体を押し付けた。
彼女の澄んだ温かみが一段と私を包み込む。

「寒いね。今日、雪降るんだってよ。」

今晩から朝方にかけて雪が降ると今朝のニュースで伝えていた。

「雪!?やった〜!!」

ちっぽけな私の願いなどお構いなしに季節は移ろいゆく。
雪は密やかにはらはらと
けれども止まることなく空から舞い降りる。
抗うことの出来ない時の流れを知らしめるかのように。

今年もまた、雪が降る。

山本正人 Masato Yamamoto
1976年長野市生まれ
群馬大学教育学部卒 長野市在住