道具のこと

cranky wordy things / ミルク倉庫+ココナッツ 2017
「清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017」岐阜県美術館でのインスタレーション風景
協力:神村恵、河口遥、山田俊二、高橋永二郎、山岸武文
写真:梶原あずみ

文・作品 / 松本直樹

 姿勢が悪いままノコギリを引けば、素材はまっすぐに切断されず、稼働中の電動丸ノコを持つ手がブレれば、その刃ははじかれ、脇の締めがあまく肘がブレると、釘はまっすぐ打ち込めません。
マルティン・ハイデッガーはその著書『存在と時間』の中で「道具を使用し操作する交渉は盲目ではなく、それには固有の見方がそなわっていて、これが操作を導き、それに特有の即物性を与えている」といいます。

 すなわち道具は、前提として(道具は事物にも関わらず)先験的に、使用する者を選ぶ権利を有し、それを使おうとする者は、道具自体と直接交渉せねばならなく、さらにこの掛け合いがうまくいかなければ、使用者はその目的を果たせないばかりか、ときに文字通り「痛い目」に合うということです(誰しも道具そのものからその使用法を学ぶ、あるいは、道具との「交渉決裂」ないし「破談」を一度は経験したことでしょう)。
手中で道具を「意のままに操っている」などという、われわれ人類の奢りとは裏腹に、実のところは道具の方が、人類に使われることを許容しており、さらには道具の方こそが、その道具の「果たすべき目的の達成」へと導ける人類を選んでいる、ともいえるでしょう。

 そもそも、この果てしない世界を、すべての生物はそれぞれの固有な知覚をとおし、自らが働きかけることの出来得る「世界」として再構築しているといいます。
たとえばマダニは、嗅覚、温度感覚、触覚、という3つの知覚によって、彼らの「世界」を形成しているといわれます。嗅覚は獲物となる近づく哺乳動物の匂いを嗅ぎ分け、温度感覚は獲物の体温を捕捉します。そうして木の上に身を潜めたマダニは、木の下を獲物が通過するその瞬間――この知覚にすべてを賭け――身を投じ、うまいこと相手の体表に着地できれば、触覚をフル稼働させ、毛の少ない皮膚を探り当て、生き血へとありつくのです。
このような、外的事象を拾い上げるそれぞれの知覚と、その知覚をとおし感受され、外部へと行為が誘発されるという連関、つまり主体と環境との関係を、生物学者であるユクスキュルは「環世界」と名付け、ハイデガーの思索に影響を与えました。

 マダニのように、われわれ人類も「環世界」を持っています。しかし、われわれが道具と一対となったとき、人類の「環世界」は道具が指し示す、別の連関へと転移します。金槌と鑿(のみ)を手にすれば、自らの腕力で岩石をも砕けるように、道具達から様々な世界への認識を教授され、成すべき目的をさえも与えられるのです。つまり人類の「環世界」は、道具の「環世界」へとすり替えられてしまうのです[※註]。
さらには——主体と環境との関係が「環世界」である——だとすれば、道具によってわれわれの「環世界」がすり替えられてしまうとき、これは同時にわれわれの主体をもすり替えてしまうことを意味します。もしかすると、われわれの謳歌するこの文明は、人類の体を乗っ取った道具たちの「主体」によって形成されたものなのかも知れません。

[※註]そもそも「道具」は、「道」——つまり、ものごとの「道理」を「具(そな)」えたもの、と名付けられています。加えれば、英語で一般的に道具を指すとされる「tool」という語は、ゲルマン祖語の「tōlan」が語源になっており、これは「(手で握って使う)道具」を意味するといいます。
インダストリアルデザイナーである栄久庵憲司によれば、道具のドメインには2つあり、それは作用具である「棒」と受容具である「器」であると、その著書『道具考』で指摘します。ともすると、原義的にtoolは作用具のみを指し、本来「道具」という語の持つ意味を拾いきれていないといえるでしょう。

●本文は、9月7日より開催される『Nagano Alternative 2017_02 Naoki Matsumoto』によせたステートメント「道具のこと(ステートメントにかえて)」に加筆・編集したのもである。

松本直樹 Naoki Matsumoto 美術家
1982年 長野県生まれ
2007年 東京芸術大学 第七研究室 修士課程 卒業
2004-2007年 近畿大学 国際人科学研究所 東京コミュニティ・カレッジ 四谷アート・ステュディウム 研究員
2013年4月 ~ 長野美術専門学校 講師
http://matsumotonaoki.com/wordpress/

ミルク倉庫+ココナッツ[Mirukusouko (Milk Warehouse) + The Coconuts]
2015年結成。5名のアーティストよる「ミルク倉庫」とアーティストデュオ「ココナッツ」によるユニット。
ともに事物に備わる潜在的な機能の発見や、道具と身体の連関または既存の建造物の「インフラ」などを組み換え新たな装置をつくる。ミルク倉庫のメンバーは宮崎直孝、瀧口博昭、坂川弘太、篠崎英介、梶原あずみ。ココナッツは松本直樹と西浜琢磨。

ナガノオルタナティブ 2017_02「プリベンション」松本直樹展
2017 9/7,8,9,11,12,13,14,15,16,17 – solo 10 days –
松本直樹x丸田恭子クロッシング9/18,19,20,21,22,23 – solo 6 days –
*9/17:公開クロッシング(作品セッティング)12:00~17:00 ¥500-
@ FFS_Warehouse Gallery
2017 9/23 sat ・16:00~ ギャラリーアーティストトーク

http://naganoalternative.com/?p=760