文 / 塚田辰樹
旅先では変なおじさんとの出会いがある。ここでいう「変な」とは、個性の強いおじさんのことである。思い出すとその場の空気までありありと思い起こせる出会いを、少し紹介したい。
〈岡山のおじさん〉
岡山県の瀬戸内海に位置する島々の一つ、直島でゴールデンウィークを満喫した帰り、最寄り駅でのことである。島と本土をつなぐフェリーを降りると、徒歩数分の場所に宇野駅がある。行き交う人々は行楽シーズンにも関わらずまばらで、駅のホームでも電車を待つ人々はさほど多くはない。みな関係ないもの同士は一定間隔をとりながら、各々に電車の到着時刻をまっていた。駅の線路の数もさほどなく、その脇の金網に沿って道路が走るが、人通りは少ない。
そろそろ時間かと椅子から立ち上がり、電車の迫る気配がないかと遠くを見やった。
「おーい」
不意に声が聞こえてきた。だれか別の人に用かと気にせずスマホを眺めていたが、再び
「おい」
周りの人も自分のことかとチラチラと顔を上げたり、隣の人を見る。
声の主は、ホームの正面、10mほど離れた金網にもたれかかっているおじさんだった。上下の衣服とも淡い色調で、部屋着そのままで出かけたようだった。
「おーい、けぇん(帰る)のか?」
とこちらへ呼びかけている。どうやら私に言っているような気がして、思わず頷いてしまった。周りの人は、変なおじさんに話しかけられたのは自分ではなかったことに、安心したようにスマホへ目を戻していた(ような気配がした)。
「おれもな、けぇんだよ。」と自分を指差して声を少し強める。
「で、けぇったらよ…これだよ…。」
“これだよ”の時、手でお猪口を掴む仕草をして、口へ持っていく。要は晩酌が待っているらしい。
赤の他人に夕方の予定を伝える意味はわからない。が、呼びかけに応じてしまった以上、何かリアクションを取らないといけない。曖昧に頷こうとすると、ちょうど電車がホームへ入り、金網へもたれたおじさんの姿を視界からかき消した。
直島は素晴らしい場所だった。芸術と生活の共存を見て、気持ちのよい思いをした帰りだったのだが、最後の思い出が、晩酌予定の変なおじさんになってしまった。
〈伊豆大島のおじさん〉
伊豆大島へは、三原山ハイキングへ出かけたつもりだったが、あいにくの天気で断念した。本来なら悠然と広がる荒野を単独で進み、その夜のお酒も格別だったろう。妄想ばかりが先行し、天気予報が見事に的中することなど考えず、着々と準備だけしていたのだった。
霧と強風に阻まれ、行き先をなくした午前のことは忘れ、ほかに行く宛はないかと観光マップを眺めた。どうやら貝の博物館「ぱれ・らめーる」という暇つぶしになりそうな場所があったので、そこへ行くことにした。
その博物館には、海の貝も陸の貝も展示しており、とにかく“貝”と名のつくものはなんでも揃っているように見えた。かなり沢山の種類の貝が、プランクトンのように小さな頃から成長するまで、すべての大きさを揃えていた。入館者は私と、ある夫婦以外ほとんどいなかった。
博物館を見終わり、まあ好きな人は好きなんだろうと、ふわっとした感想をいだきつつ、早くも予定が終わってしまったことに落胆しながらバスを待っていた。あの夫婦も一緒だった。
「どこまでいかれるんですか?」
不意に話しかけられた。
ひとまず港まで戻って作戦を立て直すことを告げると、大島ツバキ農園という場所を紹介してくれた上、そこへ行くには港を経由するので丁度いいことと、港へ到着する次のバスの時間も調べてくれた。そんな親切な夫婦、特におじさんは、この貝の博物館がいたく気に入ったようだった。
「陸生貝の所蔵数はここはもしかしたら日本一なんじゃないかな。こんな素晴らしい場所にほとんど人がいないでしょう?なぜでしょうね?」
自分の感覚との温度差がすごい。おじさんは見た目がダルマのように小太りで大柄。短い白髪でジャージを着ていた。奥さんは同じくふくよかで、褐色の肌に黒いくせ毛、長髪のせいでヒッピーのようだった。“陸生貝”という発言と熱心な様子から気になり、なぜ詳しいのか聞いてみた
「詳しいも何も私は昔、環境庁の命で、小笠原へ行ってたんですよ。生物については多少詳しいんです。」※環境庁かどうかはうろ覚えで正確には失念した。
「あなたくらいの年だったかな、奥さんとしばらく住んで子供もいたんだけどさ、そのとき住民に指示しながら仕事してて、ミバエってハエを撲滅したんですよ。」
「そうそう、撲滅したのよね。」と奥さんが同意して、つづける
「その後またしばらく住んで…そのあとはアフリカマイマイってのがいたんだけど、これも撲滅したのよね。」
「撲滅したんですよ。」とおじさんが同意する。
撲滅という言葉が頭をぐるぐるする。どうやら只者ではないようだ。政府の環境保護対策に直接関わって、そのプロジェクトを成功させた人と、いま同じバス停でのんびりバスを待っている。何度も吟味したり話し合ったりしたのだろうか、くしゃくしゃのスケジュールを奥さんと眺めている。天候に恵まれなくても、この夫婦に出会ったことが思い出になってよかった。
旅先では、2度と会いたくない人に出くわすこともあるが、こういう変なおじさんとの思い出がその思い出も優しくしてくれることがあるのだ。
塚田辰樹 Tatsuki Tsukada
1986年長野市生まれ
川口市在住
DTPオペレーター/DTPデザイナー
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