川岸でのおぼえがき

文 / 塚田辰樹

 夜と朝の間の時間に、釣り糸を垂らす。日が昇り始めてはいるが、西に浮かぶ鉄塔の先端は、まだ赤く点滅している。
 ぽっかりと浮かんだ中州には水鳥がおり、剥製の置き忘れかのようにじっとして動かない。かと思えば、見たこともないような大きさでゆっくりと羽ばたき、橋を越えていく。
 昨日あった中州が今日の増水で消えていても、誰も気がつかないだろう。農家から立ち昇る野焼きの煙と、河川の水面をすべる水蒸気が混ざっていても、誰も気がつかないだろう。
 低木や雑草で茂る湿地を眺めているといつの間にか畑があり、腰を曲げた老人が作業をしている。砂利へ乗り上げた流木と、まるで庭園のように敷き詰められた草木と、それを侵食するかのような蔓科の植物。作為的なようでまったく作為のない、誰のものでもない風景。たまに見える畑やそこへ通じる細い道が、ほんの少し氾濫原を間借りしたような格好だ。
 だがその風景も、台風が過ぎ去ればまた一変してしまう。増水した川が川岸を抉って地形を変え、小石や砂が起伏の激しい小さな丘の連続となって波打つ。凛としていた低木が、増水した川の流水の方向を示すように、皆同じ方向へ、うな垂れて固まっている。釣りに通っていたときに贔屓にしていた川辺のポイントが、地形が変化したことでなくなってしまったので、別のポイントを探していると、沼地に足が引っかかり抜けなくなった。ひと悶着していると、なにかの動物の毛皮と血が散乱しているのが目に入った、と同時に、カラスがけたたましく鳴き、低木をがさがさと揺らした。
 吊り上げた魚は思ったより深く針を飲み込み、取り外しに苦労する。必要以上に魚を傷つけながらも何とかリリースしたとき「いや、この魚はタフだし問題ない。というかそもそも外来種だからまあ早死にしても…。」と誤魔化す。同時に「食べもしないのに吊り上げるなんてね。命をもてあそぶのはね。」と知人の呟きが脳裏を掠める。それなりにおもしろいんだよ?これ。
 川辺の夕方は家の近所の倍くらい暗い。車のライトを点けると、狐が一頭照らしだされた。金色の目と毛皮で暫くこちらを眺めた後、暗い暗い茂みへと素早く消えていった。

塚田辰樹 tatsuki tsukada
1986年生まれ 長野県出身
印刷会社勤務(dtpオペレーター、dtpデザイナー)

2015 11/21~12/19 「紙と鉛筆」 @FFS_lounge gallery