今井あみ作品について

文 / 今井あみ

 顕微鏡から見る世界や、何を証明したくてなぜこの実験を行っていて、この操作は一体どこへ向かうために行っているのか。何が失敗で何が成功なのか。よく分からずに指示書の通りに行っていく。実験成功例に辿り着いたところで、肉眼で見える事柄ではないため、ズッシリとした成功の手応えもない。これ、成功らしいけど・・?理想の実験結果がでたみたいだけど・・?はたまた今度は、失敗みたいだけど・・?じゃあ、どこの操作をどのようにしたら理想の実験結果に辿り着けるのだろうか?検討しようもない。これは、わたしの頭が付いていけていないだけなのかもしれませんが。
 ちょうどこの頃、遠距離恋愛なんてものもしていた。そのため、目の前に人物が居なくて、声やメールだけでやり取りをしていると、この相手は本当に存在しているんだろうか?もしかしたら、わたしの想像上でのみ存在していて、そんな人を支えにしてるとしたらと思うと、より一層目で見て、手で触れて、あぁ居るんだな。あるんだな。と感じたかったのかもしれない。

 そのようなジタバタ期間にあったわたしは「国際野外の表現展2010」のボランティアに参加してみた。実際に海外や国内の作家さんと何日間かに渡って、交流しながら制作・展示のお手伝いをする。海外からの作家さんは韓国の方や英語圏の方がおり、英語がぺらぺらでないわたしでも英語で交信してみたい気持ちもあって、しゃべれないくせに話しかけまくっていた。ほぼ、身振り手振り。そんな中、美術大学の教授なんかもそこに居て、美術大学ってどんなとこですか?から、実際に美術大学に通っている方も居たので、気になる事を聞きまくった。手応えが欲しくて、でも突破口が見つからなくて、それだからシュゥーン・・とすぼまっていくのは嫌で、(でもほんのちょっと、シュゥーンとなって投げやりになったら、誰かに手を差し伸べて欲しい!なんて気持ちも正直なところあったけど)そういうときは、ジタバタすればいい!とジブリアニメの魔女の宅急便から習っていたため、「~しまくった」という表現の様に、思う存分ジタバタした。作家さんの隣で制作する姿を見ていたら、「わたしもやってみたい!」「つくってみたい!」となり、お伺いしたところ、「やってみたいならやればいいよ。」となりました。でもわたしみたいななんも知らないド素人が、世界各国から来ている作家さんたちと一緒の舞台につくったものを置いてよいのか?しかし、そんな心配はつくり始めたらどこかへいっていた。
 そのときわたしのつくった作品はというと、近所の山でどんぐりを集めて、そのどんぐりをまとめて、みんなが毎日必ず通るであろう掲示板と校舎の間の道のくぼみに設置するというものだ。期間中、何らかの影響により、どんぐりが少なくなってきたら追加する。自分とは関係のないところで、減ったり増えたり、その様子が自然と目に入ってくるようにした。このとき、やりたかったことは、「変わらない」ことってないんだよなぁってことを、目で見て感じて、あぁそうだったなぁと、知ってはいたけど改めて意識して気がついてもらいたかった。例えばそれは、風によって飛ばされるとか、雨によって流される、人の興味によってどんぐりが持ち帰られるだとか。リスや鳥が一生懸命に集めた木の実だって、外部の何かしらによって、ずっとそこにありつづけるわけじゃないんだよなぁと。そのことを、言葉で話したり、文字にする以外のかたちにして、見ることによって、受け取る側の心にすんなり入れると思った。だって見ず知らずの人や、友だちと話していて、いきなりこんなことを言われてもびっくりするだろうし。ちょうど、必要としている人が見かけて、そこからエネルギーをもらうなり、同調するなり。話すこととは違って、押しつけでもないよな。と思った。このとき、見た人が「ふーん、だから何?」なんて思うかもしれないなど考えていなかった。(このときのタイトル、写真を保管していなかったのが残念)

 その頃、目に見えて手応えのあるものでないと、納得できなくて、腑に落ちなくて、例えばじぶんがいくら「こんだけ頑張りました!」と告白したところで、山を登るのに汗をこんだけかきました。と瓶に集めただとか、テスト勉強をこんだけやりましたと、何十冊ものノートがあるだとか、証明するようなものがなければ、「あなたの頑張りはこんなもんでしょう?」と、想像とわたしの性格と背景で、きっとこんなもんだろうと決めるでしょう。(けれど、目に見える量を提示したからといって、「おー、よく頑張ったね」と言われるかというと、そういうわけでもないが。)それに、目に見える量を「汗を牛乳瓶1本分かいた!」と言われても、それがどれだけ体を動かす事によって生じ、また、その人の体質などにも関係するだろうから計れない。想像と実際に目で見るのとではやはり違う。と思っている。
 いや、待てよ。量を想像できるならば、目で見て触れなくたって量感を感じられるじゃん、と今ふと気がついてしまった。しかし、想像の量感と目の前にした量感は違う。記した事柄はあくまで「頑張った」という、その人によって異なる不確かなことを、どのように伝えるか、伝わるかの例えである。と言い切ってよいものか。
 改めて練り練りする事柄を見つけてしまった。想像によって、実感は得られるのか。また、想像と実際のものを目にしたときの違いが、わたしはあると思う。その違いとは何なのか。果たしてそれは、わたしだけなのか、検証したい。

 ここでわたしが、想像と実際に見ることに違いがあると思っているが、確かなことではないので、仮定で考えていく。わたし自身が、ノート50冊分にも及ぶ量を頭に詰め込んだとする。ノート50冊の量は想像できても、わたしの部屋をどのくらい埋めるのかということを、実際に目の前にしないと本当の意味で腑に落ちて実感できない。パソコンのデータで何キロバイト分のレポートを書きました。と言っても、実際にコピーして、紙の量を見ないと実感できない。実感できないと支障はあるのか?と言ったら、わたしにはある。こんだけ頑張ってもこんなもんかとゲンナリしてしまう。ものすごくたくさんの量を頑張ったのに実感ができなければ、次へのやる気も起きないから。わたしは頑張った分だけ忠実に目に見える、手応えのある形で見てみたい。そして、満足したい。実感したい。腑に落ちたい。そうでないと、次のステップへ行けずに、もんもんとしてしまうから。
 そうした流れで、「丸」を彫っている。(なぜ丸なのか、なぜ彫るのか、という点は、別の機会に触れる場を設けたい)
 別に大それた例えば、地球と月をくっつかせる!だとか、そういうわたしの力では明らかに限界のあることではなくて、(じぶんの限界を決めるな、という言葉がありますが、今ここでは置いておきます。)今自分が持っている無理のない力を積み重ねると、どんなことになるのか。どれだけのことになるのか。見てみたいと思った。
 
 わたしは、絵ではなくて表現する方法を探していた。
というのも、文章で表現するというのは小学校の頃から身近な表現方法で、何かと文集や感想文、2学期の反省と3学期の目標などを書いた覚えがある。なんとか言葉に落とし込んで文章にして伝えようとするし、それを求められた。だが、どうもじぶんの気持ちにスパーンッと合致する感触がなく、それでもなんとかじぶんの正直な気持ちを表したいと思い、ダラダラと説明を連ねるも、意味の分からないものになったり、結局何が言いたいんだ、となる。だからと言って、表現する方法を美術にしたから、意味分からないものが分かるようになるとか、結局何が言いたいってことが、改善されるわけではない。自分の正直な気持ちをしっかり知って表すことは、鍛錬していかなければならないと思っている。

 「国際野外の表現展2010」で、美術は絵じゃなくても良いんだ。ということは、美術の分野で表現するってことは、言葉におとしこまなきゃならないとか、人に伝わる文章にしなくては、などというルールがなくて、制限も少なくていいな。と。(というのも、わたしが言葉の種類を知らないというのもあるだろうし、「楽しい!」「腹が立つ!」って気持ちをその言葉にあてはめるのに、その言葉の意味がわたしの本当に湧き出ている気持ちなのかな?と思い、しっくりこなかったから。「楽しい」っていうのは嘘じゃないけれど、じぶんの中の気持ちを単純に一言で表そうと思えばそれでも表わせるけど、本当のところだと、その一言にまとめてしまったら嘘だよな、という気がした。)
 けれども最近「冬眠」という詩を知った。それは、「●」をひとつ使って表した詩。あれ?いいのか?それを知る前だった事もあり、こういう感覚、こういう気持ちを表したいと思ったときに、版画みたいに忠実に表すには、文章じゃなくて美術の方が実現できそうだぞ。いい方法見つけた!となりました。

 今では、美術=絵画という考えではなくなったが、むかしは美術って言ったら、絵だった。
 クラスのポスターやクラスのTシャツ作成など、絵を描く事柄があれば頼まれる人というのは決まっていて、もちろんそれはわたしではなく別の人で。わたしもその人に頼んだ方がきっといいものになると思っていたし、じぶんは絵がうまいわけじゃないから、出番はここではないし、求められていないと認識していた。机に授業中落書きをして、残っているのでさえ恥ずかしくて、休み時間になるまでには消した。だって、わたしの机の落書きを見たところで周りの人は、ノーコメントで、絵が上手と言われている子の机の落書きには、「~ちゃんって上手だよねー」とコメントがあって、そんなわたしのコメントに困るような落書きを、いつまでも残しておけないから。

 美術の時間、一生懸命本腰を入れてつくってみても、先生に注目されるのも、友だちの関心を集めるのもいつも決まった子。その当時、絵がうまいっていうのは、植物を忠実に描けるとか、似顔絵が似ているとか、人とは違う色使いをするとかだった。正確に忠実に描くにはどうしたらよいのか分からなかったわたしは、手っ取り早く美術ができる!というのは、多くのひととは違うことをやることなのか。と分析し、実行してみるものの、反応はイマイチ。攻略できずに、美術の時間に力をそそがなくなり、結局絵を描くのが好きで、似顔絵を描ける人が美術をやるべきひとなんだ。と悟ってしまった。美術の時間が、じぶんのできなさの再確認のための作業発表の場でしかなく、未完成で提出することもしばしば。かといって、完成させましょう!と言われる事もない。ということは、わたしの作品は、未完成でも完成でも見た目変わらないのか。と思ったし、なんで元々わたしは絵が描けないんだろうって思わされる時間で、描けるひとが羨ましくて、評価されて、求められるひとが本当に羨ましかった。努力うんぬんじゃなくて、絵のうまさは生まれつき決まっているものと思ったし、昔の絵や図工の教科書になんて興味がなくて、なんで表紙にのり付けされてないんだろう?パカパカじゃん。この紙質好きじゃないなって、そんなとこばかり気になっていた。
 そんなわたしも、うまいとか下手とかは別にして、絵を描きたいと思っていたし、小さい子に絵を描いたり、色を塗ったりして遊ぶのは好きでした。

 高校生のとき、絵がとても上手でみんなに絵を描いて!と頼まれるような、わたしも頼むようなひとを好きになりました。3回告白して3回フラレて。
なんでわたしの良さが分からないんだ?と、当時はわたしを選ばないなんてバカな奴と強気だったけれど、今考えると、じぶんを彼女にしたいかといったら、わたしだって黙ってしまう。
 前から目標とじぶんとの距離が分かっていない。だから、知らず知らずの間に達成しているときもあるけれど、いつまで経っても辿り着かなくてジリジリするときもある。いいんだか悪いんだか分からない。総合的に考えたら危険だよなぁと思う。それでなのか、なんなのか余計なフラレ方もした気がする。フラレたからと言ってすぐに吹っ切れる訳でもないわたしは、フッたことを後悔させるくらい魅力的なおんなの子になってやるー。という思いと、わたしの好きな絵の上手なおとこの子はどんな風に世界が見えているんだろう?と気になった。だから、絵を習ってみることにした。きっかけはそれ。
 高校1年生の夏に研究所へ少々通い、学校の単位がマズいことになり、学校で精一杯になり、そのままフェイドアウトしてしまう。高校2年生に無事になれたとき、再び研究所を訪れたところ、「よくフェイドアウトしてから来たね。勇気いったでしょう?」とお茶をいれてくれた。そうやって迎えてくれた先生には本当に感謝しています。そこから、高校3年生の最後まで通いつづける。そこではデッサンから油彩まで習った。まず、ラボルトの木炭デッサンをした。美術の授業でもまともにデッサンしたことがないから、デッサンの仕方なんてまるで分からなくて、モノとモノとの境界線や輪郭を描いていくことしかできなくて、でもその境界線を正確に描けているわけじゃないから、石膏像と似ても似つかない。え?距離とか長さとかどうやって計るの?実寸大で描くの?質感も違うのに木炭で描くの?できるの?しかも、わたしは絵がへたくそなのよ。えーーー?というように、頭の中で「?」がいっぱいになった。飛び込んだものの、何からどうすれば良いのか。どこを聞いて、どこをじぶんでやっていかなきゃいけないのか、完成形ってどんなもんなのか。好きなひとの目になって世界を見てみよう!っていう道のりは遠かった。向こう見ず、目標までの距離が分かっていないのが良かったパターンではあるのかもしれないけど。
 とにかくその頃は美大受験生もいたので、デッサンを描きまくる後ろ姿をみていた。なぜ美大受験に、ほとんどのところでデッサンが必要なのか、しかも完成形にしなくてはならないのか、分からなかった。(多分わたしが分からなかっただけ。)だけど、受験生の先輩は一心不乱に描きまくっていた。
 わたしはというと、完成したときのじぶんで描いたとは思えない出来映えのデッサンに酔いしれていた。(美大受験的には到底完成形ではないデッサンですが)自分は、こんな風に描けると思わなかったから嬉しくて、完成のためだけに、それまでドロロローンと、これでいいのか?違うのか?と鬱蒼とした気持ちでデッサンをつづけ、終わりだ!完成だ!となり、フェキサチーフをかけ、また酔いしれ、満足する。持ち帰り、たまっていくデッサンが宝物になって、自分の自信にもなっていった。ときどき引っ張りだしては眺めていた。もちろん、毎回先生の手が入っていますし、受験生たちはめちゃくちゃ石膏像をリアルに描いている。そんなわたしも同じ年のサラーッとデッサンしたら、石膏像に似たものがが描ける子が居て、よみがえってきたコンプレックス。こういう子が美大へ入って絵を描いていくんだよなと、改めて感じた。
 ひとのデッサンや絵を見るのは、自信を持って好きと言えて、制作の過程を見ているのも好きでした。もしかしたら、好きなおとこの子が作品に真剣に向かっている隣にいるっていうのが好きだったのかもしれませんが。

 大学1年の時に、せっかく都心にでてきたから色んな美術館を回ろうと思いました。ある美術館でその部屋に入ってすいこまれた。イスに座って1時間。泣いた。なんで泣いたのか、なんですいこまれたのか、その絵がなんなのか、作者は誰なのか、知らなかった。その部屋の空気感、流れる時間に包まれて、泣いた。わたしもこういうことしたい。やってみたい。と思った。
 それが後々「マーク・ロスコ」の絵だったことを知り、作者の意図を知っていく。わたしの中での絵の概念は、ルーブル美術館とかにある、肖像画とかそういうので、カチッと形が決まっている、物体に見えるものだ。そのような絵もすごいと思う一方で、やはりマーク・ロスコほど、ぐっとエネルギーを感じずにいる。

 有機的なものの与える印象は、なごみであったり、安心感な気がする。幾何学的なものの与える・受け取る印象は、引き締まるということだと思う。
 絵から与える・受け取る影響・印象・波動。原画から発するエネルギーと印刷物が発するエネルギーは違うと思う。ということは、絵から波みたいなエネルギーの粒子がでているのだろうか。また、目に見えなくて、証明できないからムズムズするけれど、証明できるとしたら、じぶんが影響を受けたか受けないかで判断できるのではないだろうか。わたしは影響を受けた。ということは、印刷物からでは得られないエネルギーを原画は発しているということが証明できる。(自分自身の中でだけの証明ですが)

 1年目の卒業制作のとき、「男のひとのとなりにいる女のひと」という作品を制作した。(わたしは合計で2年間学校に在籍し、2回卒業をしているため、卒業制作も2回行っている)
 この作品自体がタイトルのような存在感にしたいと思い、制作した。居たら居たでどぎつくて、鬱陶しくて。でも、いざ居なくなったらぽっかりと穴があいたように、どこか寂しい。男のひとのとなりにいる女のひとって、そういう感じじゃない?と思った。鬱陶しさが増すように丸を画面に唸る程に怨念を込めて彫りまくった。
 元々、丸を彫ることを用いた作品にすることは決めていて、そこから絵の存在はどうしましょう、と考えていた。丸を彫ること自体はわたしの中で絵ではないと思っており、積み重ねた結果を見るための作業であった。
 ちょうどこの作品を制作する初期には付き合っていたひとと、制作も半ばにさしかかった頃に別れてしまった。そこから、画面に色を塗り込む際は、F100号を立てかけて上から下まで手で、何かに取り憑かれたように立ち姿から、膝をついて土下座するような格好をし、何度も何度もその行動を繰り返した。指の腹の感覚がなくなるくらいに。行動の痕跡にも興味があった。何気なく壁を手で触りながら歩いた時の曲線の痕跡とか。
 別れた相手にその作品を見て、どうだ!居たら居たで鬱陶しいかもしれないけど、わたしが居なくてポッカリと穴があいただろう?ということと、わたしの体より大きなものをわたしはつくれるんだぞ!ということを、見せつけてやりたかった。それだけのために、毎日毎日膝をつきながら塗り込んで塗り込んで、丸を彫って彫って彫って。
 結局、見せつけてやりたかった相手には見てもらえなかった。

 卒業制作も、近日の作品でも、「薄っぺらい」「深みがない」「奥行きがない」という、アドバイスをいただき、どうしたら奥行きがでるのかと考え、透明の板を何枚も重ねたら奥行きがでる!そうだ。と答えが見つかったと思い、試みるも、そういうことではなく、平面のみで奥行きを出すことができるらしい。ようやくそういうことか。と分かったが実現までには至っていない。至りたい。

 2年目の卒業制作では、1年の卒業制作の改善点をリベンジするべく挑んだ。去年、丸の集合体の圧力を伝えようにも伝えきれなかった。もしも、伝えたいこととは別の余計な要素が伝えたいことの邪魔をしているのならば、削ぎ落として伝えたいことのみを画面に提示した方が良い。ということで、作品の大きさも大きくし、丸の量も増加させ、丸だけの圧力を与えることを目的とした作品を制作した。だから、絵的な要素は排除していき、画面の色は「白」を用いた。赤でもなく黒でもないのは、排除した「無」のイメージは「白」で、余計な「色」は「ない」ということ。そういった「ない」の意味で「白」を用いた。これは、排除した結果なのだが、後々「白」も「色」だということを知った。

 昨年、私の作品の前を通り、首をかしげて「わからないわ~」とつぶやいていくひとを見た。「~賞」とついている作品の前では、足を止めて見ていく。まずは、作品の前で足を止めてもらわなくては!見てももらえないなんて。そんな経験から、「~賞」を取らないと!と思い、賞を取るためにはどうすればよいか、研究した。学校側の審査基準を調べたりした。もちろん、賞だけが全てではないんだろうけど、賞も取れずにして今後、作家としてやっていけるかと悩むにしてもまず、賞を取らないと!と思った。ここで賞を取れないのに、作品についてあれこれ賞は関係ないなんて言っても格好悪いじゃん。と思った。今考えるとそんなこともないような気もする。結局分析したからといって、賞が取れる様な作品をつくれる程器用でもないし、技術もないのに、賞よりに寄せたら、作品としての魅力が落ちるのでは?と疑問を持ちながらも、賞を取るための分析をすすめながら、制作した。肝心の自分自身がなぜ賞を取りたいのか、賞を取りたい理由は、賞を取れなければ得られないことなのか、自分がなにを表現したいのかという大切な掘り下げ作業は全力投球ではなかったと思う。というのも、昨年の卒業制作の方が、作品に対して一心不乱だったと思うから。見る人の反応は悪くとも、そのときの自分のベスト以上のものが出せている作品だったと思うから。だけど、賞は付いてこなかった。
 2年目の卒業制作の「丸」は、賞を取れた。奨励賞。大賞以外は賞と思っていなくて、大賞じゃなきゃ意味ない!とすごく失礼なことを思っていたもんだから、とても悔しかった。
 賞のことばっかり考えてつくった作品に大賞はつかないよ。
 恋人が欲しいと、モテることばかり研究してても、恋人ができないのと同じで、ふっとしたときに恋人が出来る。そうやって、高校の時に教わった。それみたいなものだよな。と思った。賞は取れたのに不消化で。目的の賞がついてることによって、見る人は立ち止まってくれた。なのに、何がどうして不消化なのかも分析しきれずにいて、1年かけて分析しても分からなくて。きっと、賞という評価はされなくとも、あの1年目の卒業制作の作品との対話の仕方が理想系だったんじゃないか?と自分の中で思う。「男のひとのとなりにいる女のひと」は2年経った今の自分にも、見ると影響を与えられる。絵に作品に魂を入れ込んだ。下地に入れ込み、丸彫りは、怨念と未練をエサに入れ込み。ということは、わたしは強い思い入れがなければ、グッとエネルギーが出る作品をつくれないのかな?そしたらわたしは、そういう事柄がないとつくれないなんて。そんなの困る。

 学校を卒業しても、もちろん「丸」をほる作品をつくっていた。しかし、丸しか彫れないってのが怖かった。でも、他に引き出しがあるわけじゃない。なので、じぶんの中から他に何がでてくるのか、出てこないのか、しぼり出すのか、どうなのか、見てみたかった。今後ももちろん丸を彫っていくのだが、それだけじゃ飽きられるかも、作家としてつづけていくならば幅がないとマズいのでは?と本能的なのか、誰かにアドバイスをいただいたか覚えていないのだが。
 けれど、元々絵を描くのが苦手なわたしは、F8キャンバスを前に固まる。一筆入れてみても、次に何をしていいか分からなくなる。キャンバス地だってタダじゃないから、無駄にできないと余計にかまえてしまって、実験だー!という様に、思いきることもできない。「小さなサイズにバシバシ描いていってみては?」とアドバイスをいただき、描いては乾かして、それを見入ったり見返すこともなく、バシバシやってみた。見返さないのは作品づくりにおいてあまり良くないことなのかもしれませんが、とにかくこの頃は描けなかったから、なんとかしたかった。

 作品づくりにおいて何が正解で、作家としてどんな心持ちが正しいのか分からないから、転がりながら学んでいきながらやっていこうと考えている。作家ってなんでしょう?わたしは今、作家として正しい方向に進んでいるのか。正しい動機なのか。それも分からずに、本を読んだり、人に伺ったりして、「正しい」を学んでいく。そうすると、自分の思いも、その「正しい」に寄せようとしてしまう。もちろん、未開拓の部分はそのように学び、変化し、成長していけばいいんだろうけれど、自分の思いにフタをして、それが「正しい」からって目をつぶっちゃいけないところの境目も分からない。「正しい」に染めなければならない部分と、「正しい」に染めようと思っても出来ない部分はどこなのか。「正しい」方へいきたい自分と、自分自身からでてくる本当の思いに目を向けなければ、ホンモノじゃないと思っている自分と、混在している。「正しい」も知って、自分自身からにじみ出てくる思いもすくいとって、さぁどうしますか。とやれればよいのだろうか。

 今描いている、丸を彫る作品じゃないものは目的もなくて、何もなくて。サイトゥンオンブリーの展示を見る機会があった。それを見て、「あぁ、もっと自由でいいんだ」ってなった。サイトゥンオンブリーの意図は知らないけど。なんだか、吹っ切れた。何につかまってたの?わたし。
 「丸」を彫っていたときのように、コンセプトがはっきりとあって、失恋とか日常に強い思い入れがなければ納得のいく作品ができないのかとか。となると、「わたしは元々絵を描くのが得意だから、好きだから→絵で表現しよう」という過程ではなく、「表現したいことがある、確認して納得したいことがある→美術には制限が少ないから、この方法を使おう」という過程のため、表現したいものがないのなら、描く意味がない。
 しがみつきたいだけならば、見に来てくれる人に失礼だろう。
社会の中で、常に「失礼します」「申し訳ございません」なんて言っていると、本当に言霊なのか、じぶんが申し訳ない存在に思える。
 自分の考えていることを表出させたい。こんな考えやこんな視点もあるよ。っていう提案によって救われるひとがいて欲しい。わたしが救われた様に。
 一番最初の作品形態とは異なってきたけれど、常に持ちつづけている得体の知れない感情、思いは変わらなくて、言語化、意識の中にでてきたということなのだろうか。
 分かって欲しくて、理解して欲しくて、共感して欲しくて、そして、自分も・・、という願望。

 対象物に思い入れのある写真があった。
あぁ、描きたいな。なんて思い、デッサンの練習だとばかりに、別に誰に見せる訳でもないし、かまえず気張らずに描いてみた。
 物体に思い入れがあると、全てをなめまわすように見たいと思うし、描くことによって、「見て」いるんだけど、しっかりとは「見て」いなかった。不確かな部分を見ることが出来た。同じ「見る」ということでも、前者と後者では異なる様に思う。「見る」と「確認する」の違いなのか。この線とこの線の間にはこんな影があって、ここはあそこよりも白くなっていてなど、ひとつひとつ認識していく。そうでないと描くことができないから。そして、ひとつひとつ認識しながらも、全体も見る。
 誰かに見せて褒められたいとか、そういった目的ではなくて、自分の目でみて、そうそう!こういう風に写真を見て感じたの!私にはこう見えているの!っていうのを残しておきたかったし、自分でも再認識したかった。時が経って同じ写真を見ても同じ思いになるかといったら、ならない可能性のが高いから。例えば、同じ花火を見ても注目するところ、印象に残るところなど、どのように見えているのかは、それぞれ違うだろう。ちょうど、小学生の絵で、注目した印象に残った部分が大きく描かれているような。でも、今回はそういうあれこれじゃなくて、純粋に描いとこうと思って描いた。

 今現在ずーっと日をまたいでまで悩まないし、考えないし、次の日がきて思考は一旦別の事柄にガラリともっていかれて、以前より生きやすくなったと思う。ただ、そうなると「核」に辿り着くまでに、またイチから時間をかけて掘り進めなくてはならない。悩み過ぎなくて、考えすぎなくて、抜け出せないってことにはならないから、偏った考えに陥らなくて済む。それでなんら問題ないのであればいいんじゃないか。けれども、わたしは「考える」クセがある。この「考える」というクセが、ダラダラダラーっと不安になってみたり、心配になってみたりして堂々巡りを起こす。核心をついて筋の入った「考える」でないと、いつまで経ってもスカスカの身の入っていない「考える」になる。スカスカの「考える」になっていると思う理由は、身の入った「考える」をしたことがあると思っていて、それも自分ひとりでは身が入った「考える」をできたことがない。自分ひとりでも身の入った「考える」をできるようになりたい。
 これでいいのかな?と常に考えているわりには、社会人になる方に力を入れている。しかし、長いスパンで考えたとき、「一度も社会に出たこともないくせに」と言われた時に、「でたことあるもん」と、自分自身が立ち直れるようにするためだ。それは、作品をつくっていく上で、わたしにとって必要だと考えたから。だから今、「核」に触れる前に次の日がくるのも、やきもきするのにも、長いスパンで考えたときにしっかり土台をつくっているんだと思う。ここの土台もつくれなければ、作品をつくりつづけられるのか?とも思ったが、うまく土台をつくれる保障なんてないんだから、土台ができなかったらまた考えれば良い。大体わたしは、何らかの要因で底に転がり落ちて、選択肢の狭いなかでやってきたときもある。だから、受験でここへ行きたいから頑張る!とかではなくて、入れてくれたところからスタートする人生だった。だったんじゃなくて、自分でそのように選択したんだ。選択肢を狭めたのは自分だ。ただ、そのときはそのように感じていた。だから、慎重に積み重ねていく。崩れたらどうしようと、こんなに時間を掛けて積み重ねたものが、一瞬で壊れたらなんて心配しながら、ヒヤヒヤしながらやるのは性に合わないのかもしれない。しかし、新しい経験はわたしを成長させて変化させている。と思う。
 
 就職活動で、会社の説明会に参加してエントリーシートを記入して、自己分析をして、面接で追い込まれて、ようやく1社受かった先に、社会人になりたくないーと、人生の夏休みはもう終わりだと言わんばかりに遊ぶ。社会人になったら遊んじゃだめなの?社会人になりたくないのに、就職活動してたの?働かなきゃ絶対にダメなの?婚活もあるよ?なんて、人は人で、そう言いながらも就職活動を嫌々ながらもやり、就職しツラいと言いながらもつづけている姿は、わたしにはできないからすごいと思う。わたしはというと、そのようなルートを想像してみたら、絶望でした。就職活動をして、あんたなんかなんの取り柄もないくせにと思い知らされて、ようやく就職したが、週5で会社に行き、週末にグッタリと寝て、また月曜日が来て、頃合いがきたら結婚するなり、しなかったら定年まで働くのか、辞めてアルバイトをして食いつなぐのかなんて考えたら、もう。
 しかし、作品づくりをして、目に見えるものをつくる、自分の周りの事柄を探求していく。それなら、多分死ぬまでやっても時間が足りないと思った。もっともっと生きて探求したいと思うだろうし、ヒマもしないだろうし、絶望じゃないと思えた。現実逃避なのだろうか?浅はかなのだろうか?大学2年生の大半は、自己分析をなんでそんなに嫌そうにするのだろうか。自分のことを知っていく作業なんてわくわくするのに。作品をつくっていくことは、社会人よりも大変という。想像がつかないなぁ。社会人も大変そうだけど、どっちもわたしには身がもたないのかなぁ。でも、社会人になったら、気持ちがエコノミー症候群になりそう。

 価値を提示する。提案する。これは、哲学なのか?美術なのか?
 わたしは、価値を提示したいのかもしれない。

 今井あみ=丸を彫る!というように、今井あみで連想できるものが欲しいと思っていた。そうするべきとも思っていた。
しかし、ある方から必ずしもそうでなくてはいけない訳でもなく、色々浅く広くやっているよね。いろんなことができるね。っていうのもその人の特徴になる。と教わった。表出物は色んなものに変わっていくだろうし、方法も色んなものに変わっていくだろう。変わっていかないかもしれないけど。そんなの分かんない。
 でも、表出活動はとめたくない。
 やりながら悩みなさい。というアドバイスもいただいた。
 そうしよう。

 転がりながら師匠に出会い、伝授していただき、また転がりながら、表出し、伝えたい以外の余計なものは置いていく。
 でも、1年の卒業制作で「余計」と判断し排除した部分が、実は「余計」なんかじゃなかったのかもしれない。そこに面白みが詰まっていたのかもしれない。
 ちょうど、栄養のある池は少し濁っているように。キレイすぎると、なんの生物も生きられないように。

今井あみ Ami Imai
1990年長野市生まれ
表現するひと・社会人

展覧会情報
・ギャラリーアンデルセンにて今井あみ展開催中
 7.1-10.31まで(土日祝日開館)/14:00〜17:00
 長野市上ヶ屋2471-2197ペンションアンデルセン内

D15出品 フラットファイルスラッシュ
imaiami1990@gmail.com