謎の紐屋

kimuranatsue13

文・写真 / 青野まつり

京都にそびえ立つ鷹峯。
その麓にある祖母の入所する老人ホームに行く時にいつも降りるバス停「土天井」の前に、その紐屋(私が勝手にそう呼んでいる)はある。
古民家の入口にまるで干物のように無数に垂れ下がる、太さの違う、やけにカラフルな編み込まれた紐。人間の三つ編みのようだ。
この紐は一体何用なのか? ここは店なのか?
薄暗い家の中にも無数のそれが下がっていて、何だか奇妙で怖くていつも見ているだけだったのだが、先日とうとう友人の「入ってみようよ」の一声で、入口に近づいた。

「どうぞ見てってくださいね」

快活な婦人に続いて、白髪のおじいさんが出てきた。この奇妙な空間に似合わない陽気なシャツにズボン、そして輝く肌艶……!

「これはぜーんぶ西陣織の糸。途中から色が変わって綺麗やろ?」

確かに、編み込まれた太さの違う紐はそれぞれ、紫、ピンク、緑、灰色、と奇妙なグラデーションになっている。
家の中には教科書でしか見たことのない、立派な西陣織の機織り機があった。
私は閃いた。このインパクトある紐は趣味のアンティーク着物の帯締めに使える、と。
婦人に伝えると、途端に一家が盛り上がり始めた。

「そやな、お父さん。ほら、もっと長くして帯締めに使えるようにしたら!」
「はぁー、なるほどなぁ」

新たな商売の形を提案できたかもしれない、と少し嬉しくなる。
紐は西陣の紐にも関わらず一本500円。
私は婦人と和気あいあいと、帯締めに使えそうな、太さと色の違う紐を3本選んだ。
するとおじいさんが言った。
「サービスや。ネックレス好きなの選びぃ」
「ネックレス……?え、どこに……」

ネックレスというのは、他よりもっと細い、ネクタイ紐のようなものだった。
おじいさんは私と友人の他に、お洒落に厳しい祖母の分も選んでくれた。

「お洒落なおばあさんやったら、絶対これや」

ベージュと金色の狭間の、ちょっとゴージャスな一品。
最後、友人と私とおじいさんで記念写真を撮った。
私たちの肩に手を置き楽しそうなおじいさんに、婦人が「もうお父さんったら!」と突っ込む。
奇妙に見えた店(?)の主は、何とも明るく気前の良いおじいさんだった。

その後施設の祖母にネックレスを渡したら、人から貰ったものは滅多にお気に召さない祖母が、一目で「ええわ、これ!」と気に入っていた。
会ったことも無いのに、あのおじいさんは祖母の好みを見抜いたというのか……。
私と友人はその手腕にただ驚き、あの店(?)での奇妙で楽しい時間について、帰りのバスの中でしばらく語り合った。

あの紐を実際にアンティーク着物の帯に巻いてみたら、思った通り良いインパクトが出た。
しかし気づいた。私は未だに、この紐が「何」なのか知らない!
ネットでも出てこない謎の「紐屋」。
訪れた人はぜひ下のメールアドレスに、あれは「何屋」なのか教えて頂きたい。

青野まつり Matsuri Aono
1984年生まれ
クリエイター