女性性あるいは中年についての考察8 「Fifty Shades of Porn for Around 40’s Girls」

文 / 松下幸

 こちらの続き物エッセイも8回目となりました。実は7回目の終わりが「つづく」となっておりまして、当然その続きを書くべきなのですが、今回は中年女性エロ市場に大事件が起こりましたので、急遽予定を変えてそちらをご紹介したいと思います。
 題して「祝・映画版『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』公開」!全世界50カ国で出版され累計1億冊を売り上げた、イギリス発マミーポルノのパイオニア。同じくイギリス発のハリー・ポッターシリーズを抜いたとまで言われており、この作者にしろハリポタの人にしろ、イギリスの素人女性ライター層の厚さには驚くばかりです。
バレンタインデーに満を持しての日米同時公開。これは日本、頑張りましたよ。洋画の日本公開はうんざりするほど遅いのに同時とは。やればできるじゃないか日本。
実は日米だけでなくシンガポールでもバレンタインデー公開でして、しかしこちらでは、2月14日っていったらバレンタインデーより何より「年の瀬」ですよ。19日のChinese New Year, The Year of the Goat(羊じゃなくてヤギなんです)のことで国民の頭は一杯です。飾りを伝統通りヤギにするか、それともかわいく羊で行くか、皆さん喧々諤々です。私も18日の年越しに爆竹のかわりに花火の音を聞いて(爆竹も私的な花火も法律で禁じられています)、19日つまり元日にいざフィフティ・シェイズ!とはいかず娘と子供映画を観に行って、やっと20日、朝一番10時30分の回に切り込んで参りました。
 正月早々官能映画なんて人いるのかな、自分一人きりだったらどうしよう?なんて恐る恐るホールに入ってみたら、けっこうお客がいる。中年女性5人組、若くはない女性一人客が5~6人、何故かコテコテチャイニーズのおじさんが一人。そしてあとはカップルばかりです。なんだもうイチャイチャ気分満載か?正月からフルスロットルだなーなんてほのぼのしつつ、国民啓蒙CM(シンガポールでは様々な啓蒙CMが映画上映前に流れます)からキャーキャー盛り上がるおばさん方に興をそがれつつ観賞しました。主人公のアナを演じたダコタ・ジョンソンが小説から想像するよりずっと色っぽく、とてもお上手でよかった。筋は小説を読んでいなければ何のことやら?な感じでしたが、映像美系で途中までそれなりに笑えたのもよかったです。
 ご存じない方に簡単なあらすじをご紹介しますと、ドジっ子だけど一本気の処女女子大生アナが若き大富豪の起業家グレイと恋に落ち、しかしグレイはアナをストーキングするくせに「オレに近寄るな」などと意味不明な態度。というのもグレイ、実はアナと付き合いたいのではなくSMプレイの奴隷にしたいのです。アナのほうも最初は「無理」とか言ってますけどあら不思議、ムチで打たれてみたら超きもちいい!と、処女喪失から腰砕けのオーガズム攻めで、大富豪相手にウキウキ初恋発情物語がはじまる、と、そんなお話です。ほんとに、あらゆる暇をかき集めて、寝る間も惜しんでまぐわう2人の暑すぎる描写が見ものなのです。
 で、肝心の部分の感想ですが、欧米では面白いくらいの酷評です。私が「なにこれ全然エロくない」とぶーたれるぐらいですからエロの本場フランスの批評家筋なんかはカンカンですよ。曰く「大豆ハンバーグぐらいの「熱さ」しか感じられない」「『エマニュエル婦人』や『O嬢の物語』、『ナインハーフ』が傑作に見えてくる」。私もグレイが「私はセックスしない。ファックする」と宣言した時は(大ウケしながらも)「おおっくるのか?」と思いましたが、ピシーっとムチの音はしても絵は「ぺとっ」て感じで、SMというよりはグレイ氏が忌み嫌っているはずの「バニラ(セックス)」でありまして、まさしく『ナインハーフのほうが倍はエロいわ』と画面に喝を入れました。
そして件のクリスチャン・グレイ氏を演じたジェイミー・ドーナン。アナ曰く「美の化身」、完璧な容姿と莫大な財産を持つ氷のような男。のはずが、こちらもひたすらバニラ。顔も、視線も、ドSの雰囲気が全然ないし、何より背が低い。釣り合いをとるためか、アナが常にフラットシューズなのが気になって仕方がない。フランスの批評家筋に「バービーの飛行機に乗ったケンくらいにしか魅力がない」と刮目するような素晴らしい表現で罵倒され、続編を降板してしまいました。
 全体としては「見るに耐えない演技、平凡な性への幻想、程度の低い会話」「結局のところ、2時間の責め苦を負うのは「観客」だ」などなどひどい言われようですけどまあ、私も同じようなことを思ってました。シンガポールの映画館って、寒いんですよ。最後のほうは、SMシーンを見ながら眠気に襲われたのですが、それが退屈だからか凍死しそうなせいか分からないくらい寒くって、今ここでエマニュエルを見せろ!と暴れたい気分でした。が、お隣に陣取るポリアンのおばさま達はけっこう真剣。最初グレイがばーんと脱いだときは「キャハハハッ」と中年とは思えない嬌声を上げてたのですが、いざ本番となると皆シーンと水を打っちゃって、凍えそうな気温のなかノースリーブでも湯気があがりそうな雰囲気でございました。そんなにシンガポールの女性たちはエロコンテンツに飢えているのでしょうか?しかしそのへんの薬局に行けば、必ず女性向けセルフプレジャーグッズが売っているような国ですよ。がっついてんなあ!と感心していただけに、何でしょうね?

 日本では映画の出来というよりも大量のぼかしのせいで低評価のようで、映画自体は小説がさしてヒットしてないせいか、女性向けポルノとして悪くない評価のようでした。
しかしそれは、私にとっては少々首をかしげる結果であります。だって日本では女性向けAV視聴者が増え続けているらしいじゃないですか!試しに「女性 AV」で半年ぐらい検索し続けていただけば、その手のサイトの勢いを体感できると思います。何よりの証拠は鈴木一徹。キュートだけれどいかにも普通のお兄さん風情が受けて、今や押しも押されぬアイドルAV男優です。台湾でまで驚異的な人気を誇った加藤鷹とは真逆のイメージに、本気の女性目線を感じます。その一徹の後に続けとばかりに甘い容姿の男優たちが続々と登場している今、イメージビデオみたいなフィフティ・シェイズが「エロい」と言われるなんて、おかしいじゃありませんか。
 とはいえね、一徹くんのAVを見てみると、なるほどグレイのいうところの「完全バニラ型」。もう気恥ずかしくて見てられないほどで、女優も読モ風という手が届きそうな可愛らしさ。擬似恋愛?少なくとも頭からエロに突っ込んでいるのとは少々違うようです。縛りや目隠し等を取り入れたバニラソフトSMも人気で、つまりSMは女性の願望そのものなのか?典型的ドジっ子恋愛物語にSMがプラスされたフィフティ・シェイズはやはり、女性向けエロシーンに現れた黒船なのかもしれません。
 AVまでは恥ずかしくて手が出ないがエロい妄想は止まらない女達に、ぼかし外せよ!なんて言われつつも支持されて、続編2作品もそれなりにヒットして、アイドルAV男優に気づき、絶対イカせるデリヘル王子のこともついに知れ渡り、女性向け性風俗市場が本格開花、なんて未来も、絵に描いた餅というわけでもないかもしれません。
しかし。そういうことが起こった場合、主たる顧客の年齢層はいくつぐらいになるのでしょう。フィフティ・シェイズ人気を支えた、我々アラフォー世代なのでしょうか?

 ところで、男同士はどうか知りませんが、私の年代の女同士では「AVみてる?」なんて話はまずしません。私の周りでAVを見たと公言した友人はたった3人。そのうち一人は45歳独身彼氏いない歴はとても聞けないエンジニア女子、もう一人は40歳の新米シングルマザー。残るはまあ、わたくしです。で、はっきりと「自分は性欲が強い」「●●という男優が好き」と詳細に語るのは後者のシングルマザー女子で、彼女は妊娠中にSNSで「女の夢精を体験した」という話をどうにも痛々しく発表していたぐらいだから当然AVを見ながらすることもしている状態なのでしょう。
 エンジニア女子と私は偶然、お互いが同じ無料エロサイトを定期チェックしていることを知りました。小向美奈子がAVデビューした時に、スライム乳が乳っていうより腹も背中も全身スライムですごかったという話をしたら「見た見た」となり、完全男目線の半分ネタみたいなAVを集めたサイトをお互い見ていることが分かったのです。そこならばまあ、ギリギリ笑えるかなというライン。彼女がそこからどう展開しているのかは分かりません。私はそこから海外の無料動画サイトにあるゲイ動画を掘っていく、とこれ以上はとても言えない。どうして男絡みのガールズトークならかなり際どい話ができるのに、セルフプレジャー領域に踏み込むと(私も含め)ガールズはドン引きしてしまうのか?
 つまり何が言いたいかというと、フィフティ・シェイズを友達と見に行くところから女性向け風俗が一般的になる間には、途方も無いほどの断絶があるということです。少なくとも、私達の世代では。
 しかし若い世代となると話は違うのかもしれません。というのも、昨今は自らAV女優に志願する時代なのだそうです。現在AV女優というのは完全な買い手市場、女優あまりが甚だしく、そこそこ恵まれた容姿と若さ程度では「企画女優」という最底辺の女優にしかなれないのだそうで、そういう女優達は本番一回でギャラ数万、普通の性行為でOKなのはほんの数回で、あとは3P、SM、アナル、2穴、乱交、スカトロ、黒人、レイプ、陵辱とNG項目をどんどん解禁していっても仕事ゼロになる日が遠からず来る。なので、ひところのように病んだ女の子が入り込む隙は全くないのだそう。潮吹きなんて定番行為でも膣内が裂けることもあるそうで、行為全般がもう、自分の身に置き換えてみたら信じられないほどの重労働なのです。なのに志願者が絶えない。健全な若い女子が、女優を続けたいばかりにノーモザイクのケツの穴に牛乳をぶちこまれてジョギングさせられたりするわけです。しかもその動画が、あっという間にタダで世界中に知れ渡る。そこまでしてAV界に固執する理由は何なのか?古い感覚にどっぷり浸かっている私には想像もつかないのですが、ひとつ言えることは「今の若い子は性に関してめちゃくちゃオープン」ということでしょう。

 このように、AVの裏側というのは、使い捨てられる女性側に立ってみると誠に胸が痛く、特に昨今の熟女ブームに乗って同年代もしくは先輩方が、我々からしたらグロテスクでしかない性行為を垂れ流して鼻くそみたいな日銭をやっと稼いでいる現状にも直面するわけで、私は自問せずにいられないのです。
「何故、こんなものを私は観たいと思うのか?」
 性欲というのは不思議なもので、そこにエロがあれば、生身の人間の生き様など完全に無視してしまえる。M男が痴女に思い切り金玉を蹴り上げられて喘ぎ泣く声でさえ興味を持てるわけです。そんな倒錯した(しかし男性にとっては一般的な好みの範疇らしい。男の性は深い)はけ口を見出さなくても、生身の男とすればいいじゃない、と言う人もいるかもしれません。しかし、生身じゃだめなのです。相手がいないから見てるわけじゃない。性行為という大きな壁が、私には、そして私と同年代でAVを見ている女性たちには、高すぎるのです。
 ごくたまにそういう機会に遭遇して、性行為に及んだ場合に思うのは、「これもう知ってる」と「うわっ疲れる」と、この2つです。車を持って以来長らく自転車に乗っていなかったシニア世代が試しに自転車に乗ってみた時の気持ちに似てるかもしれません。
 よく知ってる行為なので、大きな感動もない。しかし人前で裸になったり、裸を見たり、触られたり、触ったり、精力?生力?とにかく生身の人間が発する熱が、逆にこちらの気持ちを凍らせる。最初は高いテンションがあるからいいですが、継続するとなると、受け取る体力も気力も続かないのです。「自分は年を取ったんだな」と痛感する瞬間です。
 女性の性は男性のそれほど直情的ではないので、大抵は恋愛感情がないと性行為の壁を超えられないものです。しかしあんなに楽しかったはずの恋すら疲れ果ててしまう。「セックスできれいになる」と昔の雑誌は言いましたが、セックスを前提とした恋愛でやつれ果てるのが我々の現実なのです。しかも、仮に相手がパートナーであったとしても、その様子が外に漏れるようなことがあれば社会的信用は地に落ちます。その一回が人生を狂わすかもしれない。ものすごく恐ろしいじゃないですか!
 五月みどりは「女の性欲は50歳から」と言いましたが、40前後でリアル社会の性行為にがっついて行けるのは、みどりのような性的特権階級か病んでる人かのどちらかだと、全く根拠はないですが断言します。女の夢精を経験した性欲旺盛な友人も、40になったあたりからパタッとそういう話をやめました。今じゃスピリチュアルと自己啓発と右翼発言ばかりです。それでいながら「モテたい」「女と見られたい」「恋愛したい」。
 40女の内実は、草食化を選びながらも前線から遠のく恐怖にも耐えられない、不惑どころか悪あがきの時代である。そんな我々の性的生活とリアルの間に開く大きな溝を手っ取り早く埋めてくれるのが女性向けAVなのです。今のところ、ここが限界。日本においてセルフプレジャーグッズがガールズトークの俎上に上る日すら、視界には入ってきません。フィフティ・シェイズからデリヘル王子へ手が届くのは、我々の二回り以上下の世代がミドルエイジに到達した頃なのかもしれません。
若い世代へエールとバトンを!私はガチムチゲイの動画を探しに行って参ります。

松下幸 Koh Matsushita
1972年福岡県福岡市生まれ
シンガポール在住
職業 / コピーライターのようなもの
略歴(概略)/ 大学中退➝フリーター➝主婦➝フリーター➝会社員➝フリーランス
catpaw@gmail.com