無能な電話の壊れたブルース

文 / 松田朕佳


My phone must be broken
coz you must be calling
My phone must be broken
coz I don’t get call from you
Your phone must be broken
coz you never answer
Your phone must be broken
coz we haven’t talked for weeks now

♪♪
クリームパスタを食べながら彼女は先ほどの出来事について話している。あの人と、その人が、彼方から其方へ向かって…。まず左手に持ったフォークで空中に点を示し右手のナイフで線を引き次の点を打つ。接続詞がめちゃくちゃにでたらめな単語同士を繋ぎ合わせて絡まったピアノ線のような話は聞くに堪えず、ただ見ていることにした。捲し立てる彼女の口から飛び散る唾は星屑となって天の川に合流する。彼女の顔の前に描き出された点と線はつなぎ合わせると蟹座になった。その蟹座は彼女の食べ残したパスタの上に降り立ち、蟹クリームパスタになって僕のところにやってきた。

話を聞いていない男を前に女は話を続ける。この人、まるで青虫でも見ているような顔してるわ。そうやって見ていたら私が恥ずかしがって蛹にでもなると思うのかしら。そうだ、魔法をかけてやろう。蟹にしてしまおう。
女は空中に蟹の図を描き呪文の言葉を唱えるとパスタを男の方に押しやった。

何も知らずに魔法のかかったパスタを食べる男に女は、聞いてなかったでしょ、と言う。
僕は君が描いた星を繋いで星座を作って読み取ろうとしていたんだ。
私はそんな星占いみたいに当てにならない話をしているんじゃないわ。具体的な現実空間の中での方向の話をしているの。東西南北を地平に移動する、ある特定の人物が実在するある場所とある場所の間を旅している話をしているのよ。その人は今、丁度この辺りにいるの!
女は右手のナイフで空中の一点を指した。
やれやれ、君は空間の捉え方が君を中心としていてモグラ的なんだよ。人と話すときは統括的な地図の上で鳥瞰的に話をしてくれないと、君のいう「ここ」がどこで「そっち」がどっちなのか、さっぱりわからないね。
鳥だって平面に落とした鳥瞰図のなかで自分の位置を示すのには「ここ」というしかないわ。モグラだって地下にいるから地表の地図なんて知ったことではないんだもの。
つまり君にとって会話は話している相手と同じ地図を共有して理解し合おうというという行為ではないのだね。
違うわ。発した言葉の意味をそのまま理解して、それがその言葉を発した人物の発した言葉の意味だと思ったら大間違いね。その言葉を発するに至った長い経緯があって、その末にでてきた言葉なんだから、言葉の意味よりも、その言葉を選んだ経緯について考えて欲しい。なぜそんなことを言わなくてはいけない環境にあるのか、とかね。
それを言葉の意味から想像するんじゃないかな。だから言葉の意味を共有していることが前提にあって会話をしてお互いを理解するんじゃないか。
あなたにとって会話は相手の「言っている」ことを「理解する」というゴールに向かって進む行為なのかしら。それでゴールに辿り着いたその話を「取るに足らない」とか「ためになる」とか、そういう評価を与えて完結させるわけ?
君は言葉の意味も理解しない無知をひけらかして相手の同情を込めた嘲笑さえも君に対する好感の笑みと都合よく取り違えるほどの自己愛に浸っているだけなんじゃないか。
私たちは今、同じ言葉で議論しているのかしら。それとも別々の言葉で会話をしているのかしら。
キスをした。
青虫は口をつぐみ、目を閉じて蛹の中で眠った。
蟹は蟹クリームパスタになって蟹になった男に食べられてしまった。

♪♪♪
青虫は夢の中で暖かく緑色の世界に包まれていた。眼に映る全てが緑色。緑色を咀嚼し体内に取り込み腹は緑色に満たされ緑色の糞をした。
目が覚めると身体が宙に浮くのを感じた。目下に広がるのはキャベツ畑。あぁ、わたし、キャベツだったのね!彼女は初めて世界を鳥瞰的に見て、自らの姿を捉えることができたのだった。

♪♪♪♪
女はもう何も言わない。赤いトマトソースの海に浮かんだシーフードチャウダーの向こう側にある一対の土星を眺めていた。夕焼けなのか朝焼けなのかケチャップなのか。行く手を阻むこの赤く染まった海を呑み込んでしまえば、二つの見つめる土星に近づけるのではないか。一思いに飛び込んだ。生臭く赤い海水に溺れながらイカの浮き輪にやっとのことでつかまった。相変わらずその茶色い土星は瞬きの度にクルクルと回っている。せめてムール貝の殻だけでも残しておいてくれたなら、それをボートにして辿り着けたかもしれないのに。頭だけになったエビは何の役にも立たず死んだ目をこちらに向けている。長いヒゲを掴んで手繰り寄せ、中を覗くと二尾の小エビが絡み合っていた。あ、ごめんなさい。
食べ終わった?男が口を開く。
太陽に赤く染まった海水は、一度は腹に収められたものの潮が満ちて再度皿の上へと戻された。磯の香りが漂う生ぬるい真っ赤な血の海に、混濁する死の痕跡。

♪♪♪♪♪
電話は相変わらず壊れたまま
土の中に埋められ
鳴らないベルが地面を震わす

松田朕佳 Matsuda Chika 1983年生まれ 美術家 
長野市在住
ビデオ、立体造形を中心に制作。2010年にアメリカ合衆国アリゾナ大学大学院芸術科修了後、アーティストインレジデンスをしながら制作活動をしている。

www.chikamatsuda.com