船橋小夜子

文 / 船橋小夜子

それは入稿締切当日の夜のこと。
今日は記念すべき日だ。
自分の輪郭が少し見えたような気がしたから。
こんなに長い文章を人は読むのか。
自分のほうが途中で折れそうだ。

————– 1 ————–
家のすぐ側の公園で、
月明かりで書いてみる。
月は家々に囲まれてどこに居るのか見えないのだが。
何時ぞやの苦学生のようだ。
逢い引きのようでロマンチック。
もう少し、もう少し溜まれ。
もう少しで沸いてきそうだ。
内側から何か出そうな気がしている。
体中の血管の中をぐるぐると巡る言葉。
スーパーでレジ袋は不要だと伝えたため、
バッグの中にあるサラダ菜を潰さないように気をつける。
公園の街灯は青白い。
外気と夜空と街灯が相まった紺色の光。
家の蛍光灯がオレンジみを帯びているため、余計そう感じる。
普段メイクをする時も、日焼けしたんじゃないかと毎日見る度に思うほどだ。
頭の中で、情景と感情の文字化が高速で行われてゆく。
書くのが追いつかない。
すぐに消えて忘れてしまうのだ。
余計なことを考えて補足せず、今、体から出てくるものだけ書くことにした。
今までは書く行為が排泄のように只そのままを流していたように思えてしまった。
今回初めて、人に読んでもらうということを意識したら、
とたんに書けなくなってしまった。
相手が居るということは、仕事だ。
以前branchingで書いた文章を読み返すたび、恥ずかしく、こんなものを入稿していたのかと残念な気持ちになった。今回もまたそう思うのかも知れない。
久々に外に出るのと(何時間ぶりかだが、家が一人暮らし用で狭いため余計にそう感じる)、日中の暑さが静まった夜の空気が心地良い。
夕飯時に誰もいないミニparkで俯いてノートにシャーペンを走らせる奴が居るのだから、いつ通報されるか、または不審者に声をかけられやしないかとビクビクしながら、これを書く。シャーペンなので、夜の公園では若干、見えづらい。
ほど良い緊張感は、良い。
自販機が近くにあるので、誰かがボタンを押して買っているときの機械音にさえ一々ビクッとする。
幸い人通りの多めな、店が立ち並ぶ通り沿いにある公園なので、まだ大丈夫だと言い聞かせる。
ノートを安定させるためバッグを下に敷いているので、書き進めると、ちょいちょいサラダ菜が気になる。
私は効率を考えたらダメなんだ。
ある程度は必要なのだが。
今回人に読んでもらうという前提で書いたおかげで、自分のことが洗い出されたような気がする。
さて、これをどうまとめようか。
いや、心の中にあるものを全て文章化してみる。
話せないわけではないが、普段口にする言葉って、
無理している訳ではなく、本能的に誰しもがそうだと思うが、
どうしても状況に合った発言になる。
独り言のように何でも話せる人でも、
一人の時に思っているときと、人と一緒に居るときでは言葉の用途が、違う。

————– 2 ————–
今まで何も出てこなかったのが嘘のように、文章が止まらない。

どうしてこう直前になって…いつも私はこうなのだ。
すべてを文章化してみる。
ネイルを塗ったので、ペット焼酎のキリトリ線のフタを歯で開ける、というようなことでさえ。降りてきた。
降りてきたとはまさにこの事、と言わんばかりに、私は書きまくった。
腕は力んでいたせいで筋肉痛になりかけだし、ずっと俯いているので首は痛い。
ふいに赤ん坊が風邪をひいたようなガラガラした鳴き声がした。
顔を上げると、公園内を黒猫と薄茶の猫が仲良さそうに散歩をしていた。
薄茶が少し高い塀に登り、その視線の先には砂場から塀の薄茶を見上げる黒猫。
ロミオとジュリエットみたいだ。
私に邪魔されたと思ったのか、二人はしきりに声を上げながら公園を後にした。
一人で居るのはつらい。
行きつけの飲み屋というか地元の人が集まるバー(今度絶対行こう)にふらっと立ち寄りたくなる。
別に行っても良かったのだが、行くと0時近くまで長居してしまい、夜がすぐに終わってしまうので、というよりか現金を持ち合わせていなかったので、
カッコつけた理由になってしまったが、止めた。
カード払いできるなら、と諦め悪く考えたが、
このまま行ってしまったら、逃げのように思われた。
最近は人と会うのも、なるべく自分から声をかけないようにしている。
人と会っていれば気が紛れるが、現実から逃げて居るような気がした。
だから、淋しくなっても、必要以上に約束をしないようにしている。
人に会うにはまだ、自分に自分のことを尋ね切れていない。
会ってしまうと、淋しさが紛れ、何も考えずに日々が流れていってしまう。
一人で居ると、自分が浮かび上がってくるようだ。
だんだんノイローゼぎみになってきたが、何をしたら良いかは自分の中に聞く。
そこに聞くことでしか分からないこともある。
人と話すことも勿論大切な時間だが(人と話すのを大切な時間ということは、それだけ話す時間がない人が感じる現象だと思う)。
研ぎ澄まされる感覚。
とりあえず、トイレの限界が来るまでここで書こうと思った。

————– 3 ————–

まだあるのか、というのは読んでいる人も私も同じである。
なにせ頭によぎったことを矢継ぎ早に書いて居るにすぎないので、
普段口から出るべき言葉がこの文章の中に注ぎ込まれて居るのだから、無理はない。
なんかもう修行だこれは。
昨日というかついさっきまでぼんやりしていた頭の中に、ふっと何かが体を巡る。
たぶん、巡ったのは言葉だった。
その巡りが増え、だんだんと溜まってゆくのが分かる。
手の先から何か出そうな気がする。
あーきたきたよ、やったぁ、という感じ。
この段階では、何を思いついたのか分からないけれど、何かが得られた、という感覚だけがある。
もう少し溜まれば、形になって現れてくるので、嬉しくなって外に出た。
外の空気に触れると、怒涛のように言葉が脳を通ってゆく。
全て拾いたいのに、速すぎて追えない。
これだから記憶力の悪い私は、と脳を呪う。
唯一速く書きとめることのできる携帯電話は、自宅に置いてきてしまった。
たまには時計も携帯電話も持たず、自分の内側に耳を傾けようと思ったのだ。
引き続きサラダ菜が気になる。何せ半額だったのだから。尚更だ。
誰か若い人が公園に入ってきたが、すぐに出ていった。
私は一心に書き続けて居る。
きっと気持ち悪いと思われたに違いない。
Tポイント提携のドラッグストア、welciaへ向かう。
Tポイント2倍ののぼり。
よっしゃ、と小さくガッツポーズし、今日はついてると思いながら、買い物後にレシートを見ると、2倍になっていなかった。
レジの直し忘れだろうか、まあ良い。
あ、違うわ、タバコはポイント無いんだった。それだ。
飲み屋入れるかなー、でもメイクもしてないし、第一自分の顔がどんなかしっかり見ていなかったので入れないか。と、背伸びしてwelciaの鏡でcheckすると、案外大丈夫そうな面だった(welciaの鏡は上半分しかなく、私の背では爪先立ちをしなければならない)

————– 4 ————–

やっとここまで来た。
もう飽きたと言われてもしかたがない。
ここまで来るとノートの字が汚すぎて若干読めない。
こういう沸いてくる瞬間というのは、とても嬉しい。
とたんに爽やかな風が吹き、視界と頭がクリアになる。
同時に商店街のきらめきが夢に迷い込んだような錯覚さえ覚える。
現実と夢の、クリアとぼんやりが一気に来たようなふわっとした感覚。
買ったお酒を飲もうかと思ったが、トイレが近くなって、まだ書きたいのに中断しなければならなくなるかも知れないことは避けたいのと、夜一人で外に居る状況で正常な意識を手放すのが怖かったので、止めた。
また、公園にお客がやって来た。
帰宅途中なのだろう親子で、父親からすべり台を一回だけ許された3歳くらいの女の子は、すべり台に駆け寄り、シューッと滑り、すぐに走って父親の元へ戻って行った。
公園に静けさが戻る。
私は書き続ける。
4ページ目を。
公園の周りは人通りが多いのに、公園内に入る人は少ない。
当たり前だ、夕飯時なのだ。
なんだか見えない境界線ができたようだ。
鳥居のように空間と概念を仕切る境界線。
とりあえず、つらくても、何かを毎日1つはつくることにした。
手を動かすことにした。
自分にできることを必死で探す。
はたから見ると遊んでいるように見えても、お金にならなくても、私は修行のように何か手当たり次第につくる。
いつ探し当てられるかも知れず、生活の不安は日に日に増してくるが、私は限界までやるつもりだ。残りわずかではあるが。
3月中旬に仕事を辞め、一ヶ月は心の修復、一ヶ月は趣味と忙しくて会えなかった人たちと会った。
この一ヶ月は自分との対話と可能性、できることを見つけることに当てたいと思う。

————– 5 ————–

5ページ、ここまで来ると我ながら天晴れだと思う。
時計も携帯電話もないので、今何時か分からない感じが良い。
集中している証拠だ。
きっと私は時間が嫌いなのだろう。
書く手はすっかり疲れている。
今日もアイピローに刺繍をしていたとき、いつの間にか音楽も止んでいる中で、それに気づかずずっと作業していることに気づいた。
目を休めるためのアイピローをつくるために、刺繍で目を酷使するなんて、元も子もないイカれた行為だな、とふと思う。

脳内に言葉のフラッシュバックがなくなり、ついにすべての血管から言葉が抜けきったようだ。
献血で血を抜いた後のようなサーっという感覚。
すっきりというか、体の中に沢山ふよふよとうごめいている言葉を、手の先からシャーペンを伝って文字に落とし、出し切ったようだ。
ぱっぱっと振っても何も出てこない。
まだ何かあったような気がするが、瞬間の思考はお化けのようにすぐに消えてしまい、捕まえられないうちに去っていってしまったので、この辺で家に戻ることにする。
家に戻ると、1時間くらい外に居たようだった。

船橋小夜子 Sayoko Funabashi
クリエイター
1984 青森県八戸市生まれ
2009 桑沢デザイン研究所 卒業
モバイルサイトデザインを経て呉服店勤務を経てフリーター
funabashi335@gmail.com