門前に額縁屋ができた

文 / 島田浩美

「今度、教育学部の裏側にギャラリー兼額縁屋さんができるんだって。」
モリヤさんのことを知ったのは、そんな噂が最初だった。はて、額縁屋。聞くところによると、ニューヨークで長年修業をされた額縁職人の方が、ご家族を連れて地元・長野に戻り、門前の空き家を改装して開業するのだという。
 ちょうどその頃、ナノグラフィカを中心とした「門前暮らしのすすめ」プロジェクトにより、門前の空き家紹介の動きがはじまったばかりで、モリヤさんはその最初の紹介者のひとりに当たるらしい。正直、芸術作品を見るのはわりと好きだけれども、造詣は全く深くなく、ましてや額縁に注目したことなど一度もなかった私としては、「そんな職業を生業とする人がいるのか」という驚きとともに、にわかに近寄り難い印象を受けてしまった(特に「ニューヨーク帰り」というワードに、安直な私としては、新進気鋭なアーティスト気質を感じたのかも知れない)。
 とはいえ、新しいお店ができたら気になるし、門前界隈の空き家がどのように活用され、そして、額縁制作という仕事はどのようなものなのかも気になるところ。初めてFLATFILEを訪れたのはいつだったかすっかり忘れてしまったが、オープンして間もなくだったと思う。

モリヤさんと話した内容もまた覚えてはいないのだけれど、ニューヨーク暮らしが長い=海外かぶれ的な印象は全く受けず(私の想像の乏しさよ……)、かえって謙虚で物静かな姿勢のなかに、芯の強さを感じて魅力的に映った。また、「ギャラリー」という響きから感じがちな敷居の高さも感じられず、逆に都会的でポップな印象のポスターのセレクト販売と、大正時代の古い建物とのギャップに、モリヤさんのセンスと面白さを感じた。どうやらポスターや絵を買うという行為はニューヨークでは一般的なのだそうで、そういった文化を長野に持ち込むというのもモリヤさんのフツフツとした情熱を感じるようだった。

 私的な話をすれば、私もこれまで2年間に渡り、海外50カ国ほどを点々と旅していたことがあった。あれが見たい、これをしたいというわけでもなく、本当にただただ思いつくままにフラフラとする気ままな旅。資金が果てるまでにどこまで行けるか挑戦していた、というのが正しいのかもしれない。結果的にニューヨークに行くことはなく、中南米からロサンゼルス経由で帰ってきたのだけれど(それ故に「ニューヨーク帰り」という響きに対する身構えが生じたように思う)、帰国してから、諸外国と日本のさまざまなポップカルチャーの違いに気づくことも多かった。例えば、世界中でヒットを飛ばしている西欧圏のポップミュージックが日本ではあまり聴かれず、J-POPが主流であること、そしてやたらとお笑いがブームであること……等。それがモリヤさんにとっては、気軽にアート作品を購入する人が少ないということだったのかも知れない。

 11年間のニューヨーク生活のなかで、自ら描いた絵を路上で販売して生計を立てていた時期もあったというモリヤさん。ニューヨーカーにとって、絵を買うことはとても一般的だそうで、彼らの部屋は壁の下地が見えないほどポスターや絵画の類いを貼り巡らせているのだそうだ。日本には全く馴染みがないそういった文化をもっとみんなに知ってもらいたい、親しんでほしいという想いの表現がギャラリーとしての FLATFILE だったのだろうか。と書きつつ、実は、モリヤさんと話していくうちに「当初は単純に住居を探していただけで、額縁づくりもギャラリーも仕事にしようと思っていなかった」と知るのは後々になってからのことなのだけれど。
 FLATFILEには、ポスターのほかに、長野県出身のアーティストを中心とした絵が販売されている。ある時、何気なく値札に目をやると、想像していたよりもずっとリーズナブルであることに気づいた。そこで、何気なく思い立ち、人生で初めて絵を買うことにした。額縁も同じく、思っていた以上に手頃。これはぜひ、と額装もお願いした。
 モリヤさんが木枠のサンプルを絵に当てて「こんな感じはどうでしょう」と提案してくれる。うーん、どれも良い気がする。それでも、余白が多いシンプルな絵には白い額縁がよく似合う、そう思って、白い木枠の額縁をオーダーした。絵を購入するなんて! 齢三十にして、なんだか大人になったような、清々しい気分を感じた。

 そんなこんなで、今では気軽に絵や写真に合わせてオーダーしている額装。そういえば、パナマのサンブラス諸島という島を旅していた時に購入した「モラ」という伝統工芸の刺繍の布地を額装してもらった時は、手作り感あふれる布切れが途端に芸術作品のような仕上がりになって感激だった。それに、とある絵の額装をお願いした時は、一度作ったものの「やはり別の額縁に作り直したい」と、改めて制作してくれたこともあった。果たして、直してもらった方が作品がぐっと映え、深みが増したように感じた。
 「額縁づくり」とひと言に言っても、ただ単に作品のサイズに合わせた額縁を作るのではない。額縁の色、太さ、余白の取り方。何パターンもの組み合わせのなかから作品ごとに適した額縁を考えて作り上げる。それには経験や技術ももちろん必要なのだけれど、それにも増してセンスが大いに関係して来るように思う。「センスがある」だとか「センスがいい」とか書くと、なんだか随分と浅くて稚拙な表現にも感じられるが、この「センス」というのが実はいろいろな物事においてとても重要で、どんなに知識を積んでも得られないもののひとつだと思っている。モリヤさんからは、そんな「センス」の良さが感じられ、だからこそ額装もお任せしてお願いできるし、選んだ絵が「いい絵ですね」などと言われると嬉しくなってしまう。

 それひとつで趣を変え、決して邪魔することなく作品に馴染み、目立ちすぎずに引き立てる名脇役の額縁。同じく、独特の空間を創り出しながらも門前の生活のなかにすっと馴染み、門前ならではの古い建物とのんびりとした時間層を保ちながらも新しい暮らしを提案するFLATFILE。この絶妙なバランスは、モリヤさんの人柄そのものが生み出しているように思うし、これもまたセンスが深く関係しているのだとも思う。

 さて、まとまりのつかない文章になってしまった。とにかく、FLATFILEという空間の面白さは、門前の暮らしにすっと馴染みつつも、新しい風を吹き込んでくれた。このたび、6月9日(ロックの日!)のリニューアルオープンに当たり、このフリーペーパーとともに、さらに新たなる刺激を門前から広く長野にもたらしてくれることに大いに期待しつつ、今回の寄稿文とさせていただきます。

島田浩美 Hiromi Shimada 1979年飯綱町生まれ 長野市在住
編集・ライター 
2002 年信州大学人文学部卒業
2003年~2005年間世界一周旅行、帰国後、地元出版社勤務を経て、2011年元同僚とch.books オープン
フリーペーパー『チャンネル』を隔月で発行
shimada@chan-nel.jp
http://chan-nel.jp/