La Union

文・写真 / 松田朕佳

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 灼熱の太陽に陰を焼き尽くされ立ち昇る蜃気楼を見つめながら、ここにまだ体はあるのかと遠退く意識は甘だるく、こってりとした脂の匂いに包まれる。目に見えなくともそれはピンク色と緑色に澱んでいて、もう何日も風のないこの土地ではゆらゆらとその場で漂うことしかできず、周りの大気よりも濃度が高く重さを持ったガスは辛うじて留まる意識に肉体を錯覚させる。
 すこし風が吹き始めた。拡散し薄れてゆく色と香り、忘れ始める熱と重さ。

 私に用意されていたのは綿倉庫の屋根裏を改装した天井が3m以上と高く間仕切り壁の無い縦長の部屋で、重い鉄板のドアを開けるとまずベットがあって、ソファーで仕切られたリビングスペース、キッチン、二段下がって作業スペースになっている。制作して、寝て、起きて、また昨日の続きに取りかかれるっていう意識を切り替えなくてすむ生活パターンは理想的であると同時に逃げられない脅迫でもあったんだけど、それは後になってみて分かったこと。15mと長いその長方形の部屋で何でも好きな事を考えたり、思い出に耽ってみたり、ラジオが、おはよう、をいってジャズが流れれば朝だと分かるし車のジョークを言っていれば土曜の午後だと分かる。ただ、ドアを開ければ、そこに広がるのは乾いた砂漠で熱すぎるか荒れ狂っているか。どちらにしても外に出られる時間は少なくて、室内には自然光が十分に入るし、外は40度以上で日陰もないから必然的に引きこもるようにできていたんだ。午後7時になってようやく日差しが弱まり外に出ようという気になって、バルコニーに出れば視界の3分の2が空で埋まってしまう。空気が多い。大量の空気でぎっしりと詰まっている空はカラではなかったよ。
 La Union (ラ ウニオン) は人間を隔離するのに最適の条件だった。「ここはどこ?わたしはだれ?」という疑問だけが頭の中をぐるぐると回る。ロズウェルという、ここからそう遠くない町は宇宙人を捕まえた有名な写真が撮られた場所だった。わたしはああいう宇宙人像が好きじゃない。人間は、ああいう風に宇宙人と遭遇しないだろうとおもうから。他人が言った事を聞いた瞬間に自分で考えついたことのように思ってしまったり、池の鯉が立ち泳ぎしたから雨が降る、っていうふうに遭遇しているんじゃないかな。見つめていた目が瞬きするたびに瞳のまわりに環を描いて、二つの土星になって顔の真ん中に浮かんでいたから、ああ、ここは宇宙の真ん中だったんだっけ、ってくだらないテーブルの上にでも星空は広がったりね。とっくに出逢っていたってこと。そもそもここへ来る途中で通った入国審査ゲートで、職業は?という質問に、アーティストです、と答えた私に、そうじゃなくて、と言った審査官は私の目を見ながら「エイリアン」とパスポートにハンコを押したじゃない。毎日毎日ラジオから流れてくる民主党と共和党の喧嘩はまるで、エピソード1しか観てないけどスターウォーズみたいなんだ。外は相変わらずひどい砂嵐で湿度2%の空気は夏中燃えてる山火事を煽り立てることしかしなかった。山の上の火の見やぐらで何ヶ月もたった一人で山火事を見張る仕事がある。私は会った事ないけど、妖精みたいな人だよ、って聞いた。何ヶ月もずっと高いところから一面に広がる木々の海を眺めながら何を感じているのだろう。ダウンタウンにあるビルの二階に住む友人が日々双眼鏡で道行く人々を眺めている感覚と同じくらいに想像がつかない。その彼は時々ジャケットの内側にボイスレコーダーを隠し持って知らない人とカフェで話す、って遊びをしているから会話の内容には気をつけようと思いながらも喋ってるうちにそんな事は忘れてしまう。もう一度再生したところでその会話はなんの意味も持たないだろうしね。あのとき言ったじゃない、なんて証拠にされても、太陽が眩しかったからじゃない?って片付けるつもりでしょ。
 でも、ここもその火の見やぐらと大した変わりはないのかも。空を見て、夕焼けを見て、朝焼けも見て、ぐるぐるぐるぐる、忘れようとしても、忘れないでおこうとしても同じスピードで溶けていっている。
 調子はどう、フランクさん? 
 老いているだけだよ。

 30分くらい行ったところの町にはJJという名の探偵がいる。真夏でも黒のトレンチコートで黒髪のカツラを被り妻はチャイニーズ。豪邸にはエキゾチックな動物を飼っていて、そのうちの一頭のトラが使用人を噛んだんだとか、喰ったんだとか。JJは昔、国境付近で貨物列車から荷物を盗み出している時に中身の火薬が爆発して両手を失い今ではフックをつけている。その彼の事務所の前を通った時に彼の写真入りで探偵事務所と書かれた大きな看板を掲げているのを見て、探偵ってこっそりやるのだとばかり思っていたから驚いたことがあった。
 あるとき道端に牛の頭骨が落ちているのを見つけた。私は首の骨の一番上の部分だけを手で拾い上げて歩き始めたんだけど、それは始め手のひらに乗るほど小さかったのに、いつの間にか牛の脳みそになっていて腕に抱えなければならない程になっていた。腕から滑り落とさないように歩き続けなければならなくなった。
 また別の日にはウサギの耳を拾った。そこには頭も体も付いていたんだけど。

 何度目覚めてみても同じ部屋にいるので、半年経った頃には色々な事を諦めていた。目玉が涙の塩分で塩漬けになって白濁となってしまわなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。でも、麦わら帽子を被った私の陰は頭の部分がUFOになっていて、おもしろがって首をふっていたら離れて飛んでいってしまったのは事実。その時は呑気に手を振って見送っていたんだよ。よく解らなかったからね。頭だってトカゲの尻尾みたいに再生するから大丈夫。離れた尻尾だってまた体を生やしてうまくやっているだろうしさ、って自分を励ましながら過ごしていたらまた同じか別のものかは分からないけど、UFOが首の上にちゃんと着地したよ。
 それで戻って来れたってこと。

松田朕佳 Matsuda Chika 1983年生まれ 美術家 
長野市在住
ビデオ、立体造形を中心に制作。2010年にアメリカ合衆国アリゾナ大学大学院芸術科修了後、アーティストインレジデンスをしながら制作活動をしている。
www.chikamatsuda.com