道具への依存によって失うもの

文 / 竹之内博史

新しい道具が市場に出回る時、ネガティブな観点から「使わないほうが良い」と判断する人は少なくない。一方で新しいものに飛びつく「アーリーアダプタ」は新しい道具を使って今までとは異なる視点を得る。双方とも間違いではないが、より理想を求めるならば各々の判断のその先を考えるべきだと思う。道具の機能と人の能力のトレードオフは使い古された言葉かもしれないが、実際にはその言葉が示しているものには行き着いていない。下記の例を知った上で、「私たちはどうしたいのか」を真剣に考え、道を決めていくべきである。

1、メモリ機能への依存

「電話番号に関する意識調査」の結果がNTT番号情報から発表されている。この調査の結果の中で8割が「電話番号が覚えられない」ことがわかり、また5人に1人が「自分の携帯番号を覚えていない」などが報告されている。
この調査はユーザが104に電話し、案内された電話番号にそのままつなぐサービスが2007年7月1日より開始されることにあわせて、10代から60代以上の男女400名を対象にインターネット上で実施された。
発表された内容は、「最近電話番号を覚える機会が減ったと感じますか」という設問に対して92.8%が「はい」と回答している。また、その理由としては「最近の電話にメモリがあるため」という回答が挙げられている。また、「ここ数年で電話番号が覚えられなくなったと感じている」という回答は80.5%であった。さらに「電話番号がわからなくて(もしくは忘れてしまい)困ったことがある」と回答した51.3%のうち、72.2%が「携帯電話の充電が切れて困った」と回答し、電話機のメモリ機能に依存している現状がわかった。
 また、19.3%の被験者が自分の携帯番号(持っていない場合は自宅の番号)を覚えていないこともわかった。特に26.0%の女性が自分の携帯電話の番号を覚えていない。覚えている電話番号は、恋人の番号が7.4%(未婚女性)、配偶者の番号が50.0%(既婚女性)という結果だった。男性では恋人の番号が15.1%(未婚男性)、配偶者の番号が29.5%(既婚男性)という結果が発表されており、パートナーの電話番号を覚えている人は少ないという結果だった。

2、機能と能力のトレードオフ

上記の調査では小学生などの低年齢層に関する結果は公開されていない。しかしメモリ機能に依存した状況は成人ばかりでなく低年齢層でも同じことが想定できる。仮に携帯電話が何らかの原因で使えないときに災害や事件に巻き込まれた場合、自宅の電話番号や親の携帯番号を覚えていれば緊急時に公衆電話などを使って連絡ができるが、覚えていなければ、連絡する手段を失ってしまうことになる。近年、防犯目的の携帯電話が低年齢層用に販売されているが、バッテリー切れや故障などのトラブルは少なからず起こりうることを考慮すると、電話番号を覚えていないということは大きな危険にさらされていることになる。
つまり、電話番号の記憶を補助するメモリ機能は便利だが、失ってしまうことでユーザは連絡手段を持たない存在になってしまう。
携帯電話のメモリ機能そのものは人の生死に直接関わる機能ではないかもしれないが、それを使ったユーザは、番号を記憶しなくなることは事実である。便利な機能と、人の能力のトレードオフというと、使い古された考え方のように感じるが、それらが及ぼす影響を考える必要がある。

竹之内博史 Hiroshi Takenouchi 1972年長野市生まれ 神奈川在住 プロダクトデザイナー 
多摩美術大学立体デザイン専攻プロダクトデザイン専修卒、慶應義塾大学 政策・メディア研究科前期博士課程修了、
Design Office BRIDGE主催慶應義塾大学 環境情報学部 講師 
研究領域 認知心理学(担当授業:デザイン言語ワークショップ造形・プロダクト、デッサン基礎講座)