刺客の巻貝圖 部分(バベルと第三インターナショナル記念塔) 2018年5月 場所の仕事Ⅱ 刺客の巻貝圖 ふたつの器 底面 ガラス 長野市 上千歳町 アイビーハウス 4F からこる坐 「 からこる台座」の設置 思考の布置
文・写真作品 / 北澤一伯
刺客の巻貝圖
北澤一伯
『いちばん最初の人たちは言っている。眠らないようにするため、この天空の支持者は、胸にある道を通じて、自分の心の内側と外側を行き来している。昔のことについて教える人たちは言っている。この天空の支持者は、男と女に言葉や書記法を教えたという。というのは、言葉が世界を歩むなら、邪悪なものは静かになり、この世界が正常になるからである。こんなふうに言われている。
それゆえ、眠らないもの、邪悪なものがおこす悪事に備えて待機しているものの言葉は、一方から他方へ直線的に歩むことはない。心の中にある針路にそって自分の内側にむかって歩み、理性の針路に従って外にむかって歩むという。
昔の知恵者たちは言っている。男と女の心は巻貝の形をしている。よい心と考えをもつものは、こちら側からむこう側へむかって歩んでいる。こうして、世界が正常であるようにいつも待機するため、神々や人間たちを起こして回っている。ほかの人たちがいつ眠っているかを見守る人たちは、巻貝を使っている。
巻貝を使う目的はたくさんあるが、何よりも忘れないようにするためである。』
(「老アントニオのお話 サパティスタと叛乱する先住民族の伝承」マルコス副司令=著 現代企画室 252〜253ページ)
この言葉とともに、老アントニオは一本の枝で地面に何かを描き、その場を立ち去る。しばらくして、書記役の「私」は太陽の光の下に描かれた図面を見るのである。そして、彼は描かれた図に言葉を与える。
『はっきりと線で描かれた螺旋、つまり、巻貝だった。』(「同」253ページ)
世界を歩む言葉。それは、「巻貝」である。
そして、その日の昼頃には、このようなマヤ先住民の神話的世界の話を交感させつつ、サパティスタの「私」のかかわる委員会は、国内外の市民社会との交流の場としての旧来のシステムを廃止し、新しい機能を有する巻貝の統治評議会の組織替えを決定するのである。
では、サパティスタとはなにか。
サパティスタ民族解放軍(Ejército Zapatista de Liberación Nacional、EZLN)は、メキシコで最も貧しい州とされるチアパス州を中心に活動するゲリラ組織。サパティスタはウェブサイトを介して世界的な支援を受けている。
参照:Wikipedia「サパティスタ民族解放軍」
日本の公安調査庁のホームページには次のように記されている。
『「サパティスタ民族解放軍」(EZLN)は,1983年11月に設立された。勢力は千数百人規模とされる。北米自由貿易協定(NAFTA)に反対し,チアパス州内における先住民の差別や貧困問題の解消を主張している。』
参照:日本/公安調査庁のホームページ
パソコンで検索をすると、サパティスタは、彼らの拠点「オベンティック」のことを「Caracol(カラコル=カタツムリ)」と呼んでいるという。建造物の壁に描かれた蝸牛の壁画。なぜ蝸牛が描かれているのかという日本人の見学者の問いに対してサパティスタの女性案内人はこう答える。
『LENTO PERO AVANZO ~ ゆっくり、だけど前へ進む〜』
参照:脳内トラベルメディア世界新聞「メキシコのちょっと変わったテロ組織「サパティスタ」の拠点を見学してきた。」
サパティスタに関わる「老アントニオのお話 サパティスタと叛乱する先住民族の伝承」という書物の名前を正確に知ったのは、長野市上千歳町の螺旋階段を付設するアイビーハウスの四階にある「からこる坐」での個展の打ち合わせの時である。五年前、このビルの一階にブックカフェ「まいまい堂」がオープンするにあたって手渡されたリフレットにも、同様の内容の文のコピーが挟まれてあったと思う。その時、友人を介して看板を依頼され、店の名前の「まいまい」の由来を聞いた時がサパティスタの巻貝=蝸牛への思想に触れたきっかけだったか、やや記憶があいまいになっている。しかし、看板とは別の重要ななにかを伝えられたと感じたことは忘れてはいない。
はっきりしない何かにこだわったまま、依頼された看板の仕事を遅延させつつ、蝸牛の殻を拾って歩いていた。二十年ほど前に見た、スウェーデン中部の都市ウプサラ近郊の森の中の廃駅の鉄路の野草に、延々とぶら下がる星の数ほどの蝸牛の交尾の列を思い出し、不定形の情念に立ち尽くしていた。実際に、一昨年まで、蝸牛数匹を仕事場で飼っていたのだった。
あの時、伝えられたと感じたことは、地方における純粋美術の根拠の在処についての、模索の教唆ではないかと憶測して素描を重ねていく。すると、武装蜂起ゲリラ組織サパティスタと老アントニオについての関係に触れ、都市的マルクス主義と先住民の土地的世界観の融合する「お話」は、今日に至る私の制作とパラレルに共振し、制作とは、私の出生地の農村集落と私の出自に対する美術的な解釈だったことに納得がいき、これまで関わってきた固有の土地を、彫刻の思考で固有の場所に変容させる仕事に、更新されるべき意味が付与されたと感じることがあった。
仕事の場所である「からこる坐」の「坐」の意義素はいろいろな物を置くテーブルのことである。床に置かれた現実的な物をテーブルに置きかえるだけで、現実は質的に変化する。意志して物を置くこと。つまり、布置とは表徴のことである。さらに、「坐」はすわる事を意味し「座」はすわる場所を意味するという。
彫刻史における、彫刻の台座の意味も「座」の理解によって、いくつかの変容の経過があったことを素朴に受け入れたいと、私は思う。例えば、アンソニー・カロは、彫刻そのものを床に置くことで、場所性や空間との関係性を意識させ、ギルバード・アンド・ジョージの「リビング・スカルプチャー」は、彼ら自身が彫刻台座に立ち、彫刻の形式の中に彼らの芸術観を成立させ、行為が彫刻の文脈表現として認識されるように企画されていたことを、私は知っている。
そうした台座観をたたき台にし、場所との呼応において、布置可能、移動可能、分解可能な機動力をサステナブルという方向の展開で、彫刻台座への思考を「彫刻における台座の意味」に絞り込み、「からこる台座」と命名し、「台座」を布置する労働として「からこる=蝸牛が坐る場所」を出現させようと企てる。すると場所には、その名前と彫刻史観が柔軟な彫刻論として旋回していく。
サパティスタの経過を理解するにつけ、その思索から刺客のような侠気を連想するのは、悪意を発動して、直線的に進み、おのれの嘘を隠微する新自由主義的な権力側言論群への反感である。
多数者側の巧みな言い回し。連発する虚言。冷酷さ。無視。無慈悲な土地破壊。書記法を誤り改竄しつつ、あまりにもグローバルな言葉を語る人の顔の表情にある醜悪が、私には通俗的カルトに観える。そこに共感するそれぞれが、それぞれの綺麗な言葉を語る個人的政治性を持っていると、狂信の表情の共通項は語るのだ。
彼等。その奇妙な薄笑いの顔に眼をむけることで、感じる、綺麗な言葉を語る世界観の表情や身振りのこなし方を観てとることの苦痛に、私は耐えているである。
経済優先の彼等は、己の正当性を主張する事に明らかに呪われているかのようである。共同して真実を語る口を封じ、それを否定される事を頑に拒んで、本来の正しさを黙殺する。違法ではないと強弁することは、脱法的に悪質ある。彼らの綺麗な言葉によって正しさが黙殺されるという事態を受けとりつつ、彼らの黙殺の槍のひと突きから、私自身の自滅を防ぐものは何であるのだろうか。
唯一の道は、今ここで、自分の内部でそのような言葉の顕われを窒息させることだと、錆びた鉄を研ぎながら考える。
同時に、その邪悪性に刺され・・それによって破滅し、しかしなお、なぜか破滅せず・・ある意味では殺されもするが、それでもなお生きつづけ、屈服しない、という精神が活きている情景を思い浮かべる日々をすごすのである。
『そう、巻貝は、共同体の内部に入るため、そして共同体が外部に出ていくための門のようなものである。内側に向かってわれわれ自身を見つめるための窓、そして外側を見る窓のような物である。ほら貝のように、我々の言葉を遠くまで投げだし遠くにあるものの言葉を聞くための物である。なんといっても、世界に数多くある世界が正常であるように、われわれが見守り待機すべきことを忘れないよう銘記させるためのものである。
「チアバス、第十三石碑—巻貝の創設」2003年7月26日」』(「同」254ページ)
巻貝圖は究極的で終わりを示さない弾機である。どこからでも始めることができるし決して終わらない。そして、忘れないための場所に於いて構築される流動の物質。水紋に似てひとつとして同じもののない円ある。
[引用・参考文献]
マルコス副司令 著『老アントニオのお話 サパティスタと叛乱する先住民族の伝承』 現代企画室 2005年
マルコス/イボン・ル・ボ 著『サパティスタの夢 たくさんの世界から成る世界を求めて』現代企画室 2005年
北澤一伯 Kazunori Kitazawa
1949年長野県伊那市生れ
1971年から作品発表。74年〈台座を失なった後、台座のかわりを、何が、するのか〉彫刻制作。
80年より農村地形と〈場所〉論をテーマにインスタレーション「囲繞地(いにょうち)」制作。
94年以後2008年12月までの約14年間、廃屋と旧家の内部を「こころの内部」に見立てて美術空間に変える『「丘」をめぐって 死んだ水うさぎ』連作を制作。同期間、長野県安曇市穂高にある民家に住みながら、その家の内部を「こころ内部」の動きに従って改修することで、「こころの闇」をトランスフォームする『「丘」〜』連作「残侠の家」を制作。
その他、彫刻制作の手法と理論による「脱構築」連作として
1998年下伊那郡高森町「本島甲子男邸36時間プロジェクト」がある。地域美術界に対する新解釈として「いばるな物語」連作。
戦後の都市近郊における農業事情を読む「植林空間」。
また、生家で体験した山林の境界や土地の権利をめぐる問題を、「境(さかい)論」として把握し、口伝と物質化を試みて、レコンキスタ(失地奪還/全てを失った場所で、もう一度たいせつなものをとりもどす)プロジェクトを持続しつつ、
95年NIPAF’95に参加したセルジ.ペイ(仏)のパフォーマンスから受けた印象を展開し、03年より「セルジ.ペイ頌歌シリーズ 」を発表している。2009年9月第1回所沢ビエンナーレ美術展引込線(所沢)
4th街かど美術館2009アート@つちざわ土澤(岩手県花巻市)
2012年6月「池上晃事件補遺No5 刺客の風景」(長野県伊那北高校薫ヶ丘会館)
7月「くりかえし対立する世界で白い壁はくりかえしあらわれる 固有時と固有地」 連作No7(長野市松代大本営地下壕跡)
2015年Nine Dragon Heads(韓国)のメンバー企画として第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展にて展示。
同年7月、Nine Dragon Headsに参加。韓国水原市にVoid house(なにもない家)を制作した。
2016年6月「いばるな物語」連作の現場制作。 伊那北高校薫ケ丘会館
2016年10月個展 「 段丘地 四徳 折草 平鈴」 アンフォルメル中川村美術館(長野県上伊那郡中川村)
2017年9月 Nine Dragon Heads(韓国)のTASTE of TEAの企画として第15回イスタンブール・ビエンナーレにてVoid house連作を制作。
2017年11月~12月 ナガノオルタナティブ2017「Prevention」05 北澤一伯展「場所の仕事」にて
“光の筏”を現場制作。
FLATFILESLASH/ Warehouse GALLERY
(長野県長野市)
2018年5月個展「場所の仕事 Ⅱ 刺客の巻貝圖」 からこる坐(長野県長野市)
2018年8月 Nine Dragon Heads(韓国)の企画「Beyond the Horizon」に参加。第33回サンパウロ・ビエンナーレ期間中展示予定。
現在 俳句誌「銀漢」同人
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